「やめろっつーの!」
ジライの後頭部を手で軽くはたくと、朱里は小夜とジライの間に割って入った。
小夜を自分の後ろに下がらせる。
それを見ていた師匠が一人ニヤリと笑った。
「ジライもいい加減その変態的な性格直せよ。小夜の写真撮んのは、いっさい禁止だからな!!小夜も嫌なときは嫌って言えよ。こいつほんとに変態中の変態なんだから」
「そんな変態って連呼しなくても…。朱里は変わらないね」
元の無表情に戻ってジライはぽそっと呟いた。
たいていの場合、彼は呟くように喋るが、不思議と聞き取りづらいことはない。ジライの声には何かオーラのようなものがまとわりついているのだ。
「あんたも全然変わんねぇのな。ちょっとぐらい変わりゃいいのに……って何俺にカメラ向けてんだぁああ――っ!!!」
奪い取るようにカメラをひったくる。
「俺を撮るのも禁止!てーか、あんたの変態行動は全面的に禁止だ!」
「そんな…。朱里が可愛いから記念にと思っただけなのに…」
「可愛い言うな!もう写真はこりごりなんだよ」
それを見ていた師匠が、がはははと大声で笑った。その体格にいかにもな笑い方だ。
「朱里は昔こいつの餌食だったからなあ。そうだジライ、お前のコレクションを嬢ちゃんにもちょっと見せてやれよ。笑えるから」
朱里の顔が一気に青ざめる。
同時にジライの顔がぱあっと明るくなった。
彼は懐から五冊にもおよぶアルバムを取り出すと、嬉しそうに小夜の前で開く。
「うわぁー……ってあれ?真っ暗に…何も見えません」
その理由は、小夜の目を朱里が必死の形相で隠しているからなのであった。
「あれー?」
そうこうしているうちに時は過ぎ、すっかり空は茜色に染まって夜の訪れも近くなっていた。
広場には朱里たちと、子供が三人走り回っているだけだ。
「そろそろ宿探さねえと。ここらでお別れだな、師匠」
朱里が言った。
しかしそれに小夜が反論する。
「まだお話がしたいですよ。みんな一緒の宿を取るというのはどうでしょう。朱里さんも、師匠さんたちと募るお話もおありでしょうし」
朱里は苦い顔をして小夜を見た。
「はあ?ねえよ、そんなの。お前が話したいだけだろ」
「そ、それは確かにそうですがっ…でも、あのその」
しどろもどろになる小夜の後ろを、こちらに向かって走ってくる三つの足音があった。
「とうっ」
「やあっ」
「えいっ」
三つの飛び蹴りを見事に食らって顔から突っ伏す朱里。
小夜は目をまん丸くして横を振り返る。
「女の子をイジメちゃいけないんだぞ」
「そうだぞっ」
「そうそうっ」
三人が三人腰に手をあてて、その少年たちは言い放った。
まるで正義のヒーローだ。そうなると地面に伏している朱里は、悪者になるわけだが。
朱里は無言で起き上がった。
「だ、大丈夫ですか?朱里さんっ」
慌てる小夜とは反対に、師匠とジライは悠々自適に振舞っている。その顔はどこか心得たように見える。
「どこのくそガキが…!」
怒りもあらわに後ろを振り返る朱里だが、その三人の姿はすでになく。
殺気を感じて頭上を振りかぶると、少年たちが夕日を背に、朱里に向かって落ちてくるところだった。
「あでっ」
再び朱里は頭から地面に倒れて完全に敗れたのだった。
小夜はもう呆然とするしかなく、そこに師匠が笑いながら声をかけた。
「どうだ朱里。そいつらすばしっこいだろ。さすがのお前でも三人掛かりで来られると、お手上げ状態みたいだな」
朱里は少年三人に乗られているので身動きがとれず、顔だけ師匠のほうを向いて尋ねた。その頬は泥で汚れてしまっている。
「こいつら一体…」
師匠はにんまり笑って、
「三人とも、俺の新しい弟子だよ」
朱里の上で少年たちが飛び跳ねて、その重さに朱里は「うえっ」と呻いた。
小夜と少年たちの説得もあってその晩朱里たちは、師匠たちと同じ宿を取ることになった。
夕食の席はずいぶんとにぎやかだった。円いテーブルに七人も座るのだから当然といえば当然だが。
当たり前のように小夜の隣に座ろうとした朱里を、少年たちがなかば力ずくで押しのける。
結果、小夜は少年たちに挟まれ、朱里は師匠の隣の席に落ち着いた。
もちろん少年たちを睨むことを忘れる朱里ではない。
「あの三人、なんなんだ。しつけが全然なってねーじゃんかよ、師匠」