「坊主、お前あの花のこと知ってんのか?」

男はやたらとぼさぼさの黒髪で、長い前髪の間からちらりとのぞいた垂れ目がちの目元を向けてきた。

対する朱里は、横目で男を睨みつける。

「坊主じゃねえよ」

おそらく男は20歳を越えた辺りだろう。

たいして年齢も違わないだろうに、子ども扱いされる謂れはない。


ふふんと笑みを浮かべる男と、それを睨む朱里の様子をなんとかせねばと思ったのか、小夜が慌てて口を挟んできた。

「あっ、あの!朱里さんは幼く見られがちですが、決して子どもではないのですよ。ねっ、朱里さん」

場を和ませようと健気に笑顔を振りまく小夜。

「…フォローをどうも」

小夜の必死な様子を見れば“余計な”とはとても言えない。

急激に襲いくる虚しさに耐えていると、今度は女のほうが声を上げた。


「あらぁ。見てサク、この子」


女が小夜の顔を見る。

女のほうも男とほとんど年齢は変わらないだろう。

こちらも男と似たような黒髪で、それを頭の高い部分でひとつにまとめていた。

下ろしたら相当長いに違いないと分かるほど、背中の辺りまで髪が達している。

女は勝気そうな大きい二重の目を相棒の男に向け、すぐ小夜に戻した。

「どうした?普通の町娘だろ?にしても、ずいぶんと別嬪さんだな、おい」

女と男の両方からじろじろと顔を見つめられ、小夜は気恥ずかしそうに固まっているようだ。
瞳だけがおどおどと男女の間で揺れている。

男ののん気な言葉に、女が軽く首を振った。

「そうじゃなくて。この子の顔、どこかで見たことない?ほら、ちょっと前どこかの町で配ってた日報で」

「日報?この子、可愛い顔して犯罪者なのか…?」

深刻そうな顔で男がなおも小夜を見つめる。

女がおもむろにため息をついた。

「…あのねぇ、日報に出てる顔を全部犯罪者に結びつけるのはどう考えてもおかしいわよ。ほら、よく見て。この子そっくりじゃない?以前日報で見たマーレン国の王女様と」

“マーレン”という単語が出た瞬間、小夜の顔が強張るのが朱里から見ても分かった。

朱里自身、背中に緊張がはしる。

朱里たちの変化にも気付かない男は、のんびりとした口調で言った。

「マーレンって、今はもう王様のいないあのマーレンか?うーん、よく覚えてないからなあ、王女の顔。俺からはなんとも言えんな」

「嘘でしょ?あのときは可愛い可愛いってしつこいほど繰り返してたじゃない。俺の理想のタイプだ!なんて言ってさ」

そうか?と首を傾げる男に、女は心底呆れたような視線を投げた。

「ほんとあんたって何でも忘れちゃうのね。そのうち相棒の私のことも忘れちゃうんじゃない?」

「さすがにキラのことは忘れないって。たぶん」

「たぶんって何よ、たぶんって」


今まさに始まらんとする痴話喧嘩らしきものを前に、小夜が不思議そうに男女の顔を交互に見た。

「相棒?」

無邪気な声がその場に響く。

女も男も小夜に視線を戻すと、何か思い出したように、ああ、と声を漏らした。


「いけね。そういや自己紹介してなかったっけか」

「あんたが変なことばっか言ってるから、タイミング逃しちゃったのよ。ごめんなさいね」

女は小夜に軽く笑みを向けると、相棒である男の背中をぱんと叩いた。

「ほら、あんたが話して」

「えっ俺が?ええと、俺は朔夜(さくや)、んでこっちが綺羅(きら)。俺たちは元々幼馴染ってやつで、何がどうなったのかいつの間にかこうして一緒に旅してるわけだ。ちなみに職業はトレジャーハンター、いわゆる宝狩りだな。何か質問は?」

内心ひょっとして、とは思っていたが、この二人も朱里たちの同業者なわけだ。


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