「ちょっと待て。どういうことだ」
声の調子が低くなっているのが自分でも分かった。
三人が一斉に朱里のほうを見る。
「その花って…あんたらが見つけたんじゃないのか」
山で小夜たちに再会したとき、幻月花は確かに綺羅の手にあった。だからこそ朱里は、綺羅たちが花を見つけたと思ったのだ。
綺羅は小夜の膝にある花をちらりと見て、朱里に視線を戻した。
「違うわよ」
あっさり否定する。
「これを最初に見つけたのは彼女。私たちはその後彼女と合流しただけ」
「じゃあ、あのときなんであんたが花を持ってたんだよ」
朱里の問いに綺羅の視線が一瞬、小夜のそれと交わった。
途端に小夜が申し訳なさそうに目線を膝に落とす。
綺羅が軽く息をついて小夜の代わりに答えた。
「──君を助けるためよ。この子は私たちに助力を求める代わりに、自分が見つけた幻月花を私たちに譲るって交渉してきたの」
思わず口をつぐむ。
側に座る小夜を見ると、朱里の視線から逃げるようにさらに顔が伏せられた。
「小夜ちゃんに感謝しろよ。じゃなきゃお前、今頃はまだ山の中だぞ」
のん気に笑う朔夜の前で、うつむいた小夜はどんな顔をしているのだろう。
慣れない交渉に踏み切った理由は。
幻月花より朱里を選ぼうと決めた理由は何だったのだろう。
「小夜」
呼ぶと、小さな肩がぴくりと跳ねた。
ゆっくりと小夜が顔を上げる。
朱里から視線を外したまま、小夜は告げた。
「ごめんなさい。朱里さんの大事な宝物を交渉に使ってしまいました…」
「俺のことはいい。でもお前にとってはせっかく見つけた宝だろ」
小夜が首を横に振る。
「最初はそう思ってました。私が見つけた大切な宝物だって。でも…」
続きを口の中に飲み込んで、小夜が朱里を見つめる。
何かを念じるように強く向けられた視線。
ベッド上に置かれた朱里の手に小夜の両手が重ねられたとき、その強い思いが伝わってきた気がした。
小夜の小さな手が、朱里の手を握る。
温かいどころか熱いくらいの体温が伝わってくる。
いや、もしかしたら熱いのは自分の体温のほうだったかもしれない。
「…本当に大事な宝物は…」
小夜の形のよい唇がそっと言葉を紡ぐ。
「もっと別のものだから…いいんです」
真正面から朱里を見つめて微笑む小夜は、思わずどきりとしてしまうほど綺麗だった。
何と答えればいいのか逡巡していると、小夜の後ろに立つ綺羅がおもむろに咳をついた。
その隣では朔夜が不思議そうに眉を寄せて、朱里と小夜を見ている。
自分の置かれた今の状況に気付いて、朱里は慌てて小夜の手から自分の手を引き抜いた。
「そ、そうかそうか。なるほどな」
急いで取り繕って笑ってみせるが、わざとらしい以外の何物でもない。
朱里の誤魔化しは逆効果となり、室内に不自然な空気を生み出してしまっていた。
それに気付いているのは、朱里と綺羅ぐらいだっただろうが。
34/41