いつにもなく照れているらしい。
視線が落ち着きなく左右に揺れる。

これではまるで、こちらが愛の告白でもしたかのようではないか。

「…ばーか」

朱里の悪態にすら、頬を赤く染めて嬉しそうにはにかむ小夜。

その表情に、朱里は顔が熱くなるのを感じた。

上気していく頬の感覚を誤魔化すように小夜の頭に腕を伸ばし…。


「入るぞー」


そのとき、突然誰かの声が轟いた。

返事をする間もなくどかどかと靴音を響かせて、朔夜と綺羅の二人組が部屋に侵入してくる。

朱里は慌てて伸ばした腕を引っ込めた。

その場の空気を読めないどころか読む気もないのだろう。
のん気な二人組は、遠慮なく朱里のベッドに大股で歩み寄ってくる。

「よう!相変わらずぼけっとしてんなぁ」

「…うるせえ。あんたらこそまだ谷にいたのか」

笑顔で片手を上げる朔夜に、朱里はぶすっと吐き捨てる。

朔夜の隣で腕を組んでいた綺羅が口を開いた。

「ちょっと。命の恩人に向かってそれはないでしょ。私たちお別れを言いに来たのよ。これから谷を出ようと思ってね」

「それはわざわざどうも」

朱里のひねくれた返答を気にするふうもなく、綺羅は笑って続ける。

「色々と迷惑かけて悪かったわね。同業者を見つけると、つい探り入れたくなっちゃう性でね。でもピンチの君を助けてあげたわけだし、今回はおあいこってことで」

そう言って微笑む綺羅に異論を唱えられる者はいない。

絶対君主ここにあり。
再び降臨した女王を前に、朱里は苦笑するしかない。

「こんな辺境まで来て無駄足ってのは正直悔しいけど、面白い出会いもあったわけだし前向きに考えるわ」

肩をすくめる綺羅に、朔夜が無邪気な笑顔で頷く。

「そうそう。人間前向きが一番だ。俺は常にポジティブ思考だから毎日楽しいぞ」

「知らないの?あんたみたいなのは何にも考えてない楽天家って、世間では言うのよ」

「お前のほうこそ知らないのか?考えるのはキラ担当。俺は専門外だ」

さも当然のようにさらりと返す朔夜。
一瞬綺羅の顔が引きつるのが見えた。

なおも自分たちだけで話を展開させていく二人をよそに、朱里は眉根を寄せる。


…無駄足?


確かに綺羅はそう言った。ここに来たことは無駄足だったと。

目的の宝を手にしたはずなのに、なぜそんな言葉が出るのか。

朱里が尋ねようと口を開きかけたときだった。


「じゃあ、サク」

「はいよ」

綺羅に呼ばれて、朔夜が手に持っていた荷物の中から何かを取り出した。
そのまま小夜の前にそれを差し出す。

小夜が驚いて目を瞬かせた。

「これっ…」

「今言ったとおりよ。あなたたちには迷惑かけたからね。彼を助けたのはそれに対するお侘び。だからあなたとの交渉は不成立。それは返すわ」

続いて朔夜も口を開く。

「それにさ、宝って言っても自分で手に入れた物でなきゃ意味ないしな。これは小夜ちゃんが見つけた宝だ。だから小夜ちゃんの物だよ」

朔夜が小夜の膝上に置いたのは、光は放っていないものの紛れもない幻月花だった。


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