「…いいえ、私は相棒失格です…」
消え入りそうな声で小夜が答えた。
「朱里さんがこうなったのも、元はといえば全部私が悪いんです…。本当に役に立たなくて…」
最後に「ごめんなさい」とささやいて、小夜はうな垂れるように頭を下げた。
朱里は不安に満ちた小夜の態度のわけを知った。
ここを去っていくときにも小夜は訊いていたではないか。
役に立たない相棒なんていらないだろう?と。
朱里から返ってくる答えに身構えて、小夜は今自分と対峙しているに違いない。
傍らで深くうつむいた小夜の顔は見えない。それでも朱里はじっと小夜に目線を留めて口を開いた。
「あのさ、お前にとって俺って…相棒ってどういう存在?」
突然の問いに返事はない。かすかに肩が揺れただけだった。
「お前言ってたよな。役に立たない相棒なんかいらないって。でもさ、相棒って役に立つとか立たないとか、そういうんじゃないんじゃないか?少なくとも俺は、そんな理由でお前と一緒にいるんじゃない」
黙ったままの小夜に朱里は続ける。
「こいつとなら支え合える。こいつがいてくれるなら何だってできる。それが相棒ってもんじゃねえのか?」
確かに、相棒を作ることで仕事の効率化を図るのも重要な理由だ。
だが、それだけではない。
一緒にいるだけで力がみなぎる。二人でならば何だって乗り越えられる。
相棒とは、体だけでなく心も支えてくれる唯一の存在なのだと、朱里は思う。
特に小夜という相棒を見つけた今ならなおさらのこと。
「小夜」
名前を呼ぶと、華奢な体が小さく跳ねた。
「お前は俺のたった一人の相棒だよ」
膝の上に置かれた拳が強く握り締められるのが見えた。
小夜がささやく。
「…これからも?」
「ああ。これからもずっとだ」
「でも…いっぱい迷惑かけちゃいますよ…?」
「関係ねえよ。それにお前のおかげで助かってることのほうが多い」
朱里の即答に小夜は戸惑っているようだ。
うつむいた顔を両手で挟んで正面を向かせる。すると驚いた小夜の顔が現れた。
「いいか」
言い聞かせるように、真正面から小夜の顔を見つめる。
「お前は俺の相棒だ。替えなんていない、ただ一人の存在なんだ。だから、何も考える必要なんてない。俺の側にいればいい」
自分でも滅茶苦茶なことを言っているのは分かっている。
だが相手は小夜だ。これくらい強引な言葉をかけないと、素直に納得もしてくれない。
「分かったか」
尋ねる朱里に、半ば呆然としつつ小夜が首を縦に動かした。
「返事は」
「はっ、はい…!」
これでいい。
よし、と大きく頷いて、朱里は乱暴な手つきで小夜の頭をぐりぐりと撫でてやる。
幾分和らいだ表情の小夜が、どこかくすぐったそうに目を閉じた。
「──私がおんぶします」
そう言って聞かない小夜をなんとか説得してから少し。
朱里は右腕を朔夜の肩に回し、右足をかばいながら麓を目指して歩いていた。
支えてもらう相手が朔夜というのは気に食わないが、今ばかりは仕方がない。
前を先行するのは、ランタンを掲げた小夜と綺羅だ。
綺羅の手の上では、青い光が歩く動きに合わせて揺れている。
それは先ほど朱里が月と見紛ったものだった。
さすがに今はその正体に気付いている。
綺羅と朔夜のコンビはうまいこと幻月花を見つけたらしい。
残念に思う反面、心のどこかで安堵している自分もいた。
花を見つけた者のその後──。
ずっと胸に巣食っていた理由のない不安も、どうやら杞憂に終わったようだ。
花を見つけたのは自分たちではない。ならばこれ以上深く考える必要はないのだ。
小さく息をついて、朱里は遠く下方に見え始めた谷の灯りに頬を緩める。
視界を覆う濃い闇が、いつの間にか白んできていた。
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