麓を目指そう。
今度こそ朱里の救助を呼ばなければ。
小夜が光の花を手に立ち上がったとき、後ろから賑やかな声が発せられた。
「あーあ、一足遅かったか」
「やっぱり走るべきだったかしら」
声と同じく賑やかな二人分の足音に振り返ると、ランタンを手にした朔夜と綺羅が小夜のほうに近寄ってくるところだった。
「あっ…」
思わず小夜は二人に駆け寄る。
これで朱里さんを助けてもらえる。そう思って、笑みさえこぼれた。
一方綺羅と朔夜は物珍しそうに、しげしげと小夜の手中の花に目を向けていた。
「へえ、これが光る花か」
朔夜が花に顔を寄せてくんくんと鼻を鳴らせば、隣で綺羅は顎に手を添え、
「どういう構造で光を発するのかしら、これ。興味湧くわね」
などと思案顔で呟く。
どちらも花に夢中で小夜に視線すら寄こさない。
「あっあの…」
「んー?」
返ってくる言葉も生返事だ。
その証拠に二人の視線は未だ、光る花に注がれたままだ。
小夜は焦りを覚えた。
花に興味を奪われた二人に朱里の救助を頼んでも、聞き入れてもらえないのではないか。
下手をすれば、このまま山を下ってしまうかもしれない。
二人の目的はこの光る花で、それが他人の手に渡ったとなれば、もうここに用はないのだから。
無邪気に花を眺める綺羅と朔夜を前に、小夜は小さく唾を飲み込んだ。
どうしよう。
どうすればいい?
そんなとき、ふいに“交渉”という言葉が脳裏に浮かんだ。以前綺羅が朱里に提案していたことだ。
“交渉といきましょう。私たちの情報を見せる代わりに、君たちも情報を提示する。どう?”
要は交換条件、取引だ。
小夜は自分の手の中に視線を向けた。
今自分が持っているものといえば、これしかない。
青い光が導いてくれた先で見つけた幻月花。
手にしていると不思議な感覚が体を巡っていくのが分かる。
自分を呼び求めてくれたこの花を、できることなら手放したくはない。
だが、小夜の脳裏には傷ついた朱里の姿が刻みついていた。
自分のために痛手を負い、それでも平気だと答える優しい人の姿が。
頭で考えるより先に、小夜の手は動いていた。
目を丸くする綺羅と朔夜の眼前に幻月花を差し出し、小夜は必死に告げる。
「これ、差し上げますっ…!だから朱里さんを…朱里さんを助けてください!」
一息に言い終えた後、脳裏に刻まれた朱里の顔が、かすかに笑ってくれた気がした。
29/41