とっさに小夜は目を開く。
眼前には深い闇。
だが、確かに青い光は脳裏で点滅を繰り返している。
今度は以前のように消えることはない。鼓動を刻むようにゆっくりとした速度で息づいている。
小夜は不思議に思いながら身を起こした。
服の前は泥だらけだろうが、そんなことは気にならなかった。
脳裏で小夜を呼ぶように光が瞬く。
「…何?」
次いで、リンと鈴の音が聞こえた。
辺りを見回す。どこにも人の気配はない。
脳裏の青い光が瞬くと、再び鈴の音が響いた。
瞬き、鳴り、瞬き、鳴り。
どうやら青い光の点滅に合わせて、鈴の音も音を奏でるらしい。
あまりに不可思議なことだが、そうとしか考えられなかった。
そうするとこの鈴の音も、小夜の頭の中から聞こえてくるのだろうか。
しばらく立ちすくんでいた小夜が、ようやく一歩足を踏み出した。
脳裏で起こっている事態に気を取られていても仕方ないと考えたのだろう。麓を目指して山道を下り始める。
だが、それから少ししてのことだった。
小夜の脳裏に浮かぶ青い光の点滅が、わずかに早くなった。
それに呼応するように鈴の音の鳴る間隔も狭まる。
その変化は、小夜が歩を進めれば進めるほど強くなるようだった。
まるで小夜を呼ぶように、青い光は明滅を繰り返す。
いつしか小夜は、青い光に導かれるようにして暗闇を歩いていた。
あるときは下り、またあるときは平坦な場所を進み、光の誘いに身を任せる。
麓に近づいているのか、山の奥深くに迷い込んでいるのか、それすら分からない。
だが不思議と不安や恐怖はなかった。
むしろ自分を導くこの光に、小夜は心地よさすら感じていた。
光の点滅は鼓動を思わせるリズムで脈動する。
自らの心音と重なるように刻まれる鈴の音も、小夜の気持ちを落ち着かせてくれる。
この光はどこへ連れて行ってくれるのだろう。
問いに答えるように、頭の中でリンと鈴が軽やかに鳴る。
そういえば、朱里さんの助けも呼びに行かなくちゃ。
ぼんやり浮かんだ考えは、再び鳴り響いた鈴の音に呆気なく掻き消された。
小夜は無心に、光の導きに従って足を進めることを繰り返した。
鈴が一層高く音を響かせた。
急に意識が引き戻される感覚に、小夜は顔を上げた。
前方には大きな木が一本聳えていた。
驚いたことに小夜には、ここに至る途中の記憶が欠けていた。
どうやってここまで辿り着いたのか。
いつの間に木が現れたのか。
さらに不思議なことには、意識がある間ずっと脳裏で点滅していた青い光が完全に消失してしまっていた。
鈴の音ももう聞こえない。
しんと静まり返った中、小夜は一人立ち尽くしていた。
理解の追いつかない頭で、前に聳え立つ大木を見上げる。それからゆっくりと後ろを振り返った。
背後に潜むのはねっとりとした暗闇だ。
地面はもちろん、ひしめき合う木々の姿さえ黒く塗り潰されて闇と同化している。
だが、小夜と大木を包むその周囲だけは、円を描くように淡い光のベールが広げられていた。
光にぼんやりと姿を浮かび上がらせた大木の太い幹が、無言で小夜を見下ろす。
小夜は自分の立つ位置から少し先の地面に視線を落とした。
初めは、月が落ちているのかと思った。
空から墜ちた先の地上で、今も光を発散させているのだと。
地面にぽとりと転がった丸い光の球が、この周囲を仄明るく浮かび上がらせている正体だった。
その光はうっすらと青く染まっている。
淡い青光は、小夜がよく見上げる月の色とよく似ていた。
そして、先ほどまで自分を導いてくれていた光とも。
引き寄せられるように小夜は光源に近づいた。
傍らに膝を折ってしゃがむ。
そしてそっと手を伸ばした。
光に指先が触れた途端、理解は唐突に訪れた。
「…ああ。あなたが呼んでいたんですね」
淡く微笑む小夜の足元で、光をまとった小さな花弁がリンと音を立てて揺れた。
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