「──なあ」
「何よ」
夜が深く浸透する山中を、一定の速度で歩く二人組があった。
綺羅と朔夜である。
実は彼らも、朱里たちとほぼ同時刻に入山していたのだ。
こちらは傾斜の緩やかなルートを選んだようである。
だがいくら緩やかとはいっても、二人の進行速度は並外れて凄まじい。
しかもかれこれ二刻は歩き通しだ。
獣並みの体力を持つらしい二人からは、余裕の色さえ窺い知れた。
その証拠に、のんびりとした口調で喋る朔夜の呼吸に乱れは一切ない。
「俺、思ったんだけどさあ」
間の抜けそうなほど語尾を伸ばす朔夜の隣で、綺羅は前を向いたまま尋ねる。
「何を?」
「今回の光る花。ええと、何て言ったっけ」
「幻月花でしょ」
「そう、それって、見つけたらどうすればいいんだ」
わずかばかりの沈黙が流れる。
綺羅が息を吐いた。
「引っこ抜いて高く売りつけるのよ。今さら何言ってんの。あんた何年この仕事してるのよ」
「いや、でもさあ」
話しつつも、二人の歩く速度は変わらない。軽快に山道を登っていく。
朔夜が考え込むように首を傾げて口を開いた。
「俺、花のこと教えてくれた情報屋から聞いたんだけど、この花を手にした奴は特別なんだって」
そう告げる。
本人はいたって真剣なのだが、話の内容は肝心なところが妙に曖昧だった。
「何よ、特別って」
弟の空想話に付き合う姉のように、半ば呆れかけた綺羅が続きを促す。実際は朔夜のほうが何歳か年上なのだが。
首を傾げたままの朔夜が困ったように答えた。
「特別は特別なんだよ。なんでも、人が花を見つけるんじゃなくて、花が人を選ぶんだってさ。特別な花に選ばれた人間は、同じく特別になるんだって」
告げる本人が一番不思議そうだ。
おそらく情報屋から伝えられた話をそのまま鵜呑みにして口にしているだけで、理解はできていないのだろう。
朔夜の隣を行く綺羅から、再びため息がこぼれた。
「じゃあ私たちは、その花に選ばれない限り、永遠に花を見つけられないってことね」
呆れつつも仕方なく相手をする。
すると朔夜が真顔で呟いた。
「…だよな。花に選ばれる条件って性格と顔、どっちだと思う?」
綺羅は言葉はおろか、ため息すら返す気を失う。
真剣に悩んでいるらしい朔夜を尻目に、綺羅はひたすら前進を続けた。
脳内で青い光が爆ぜた途端、小夜は目を見開いて顔を上げた。
溢れていた涙が止まり、最後の一粒が頬を伝って空に消える。
「小夜?」
闇の中から朱里の声がした。
小夜はのろのろと視線を落とし朱里の姿を見つける。
それから背後を振り返った。そこには変わらず色濃い闇が広がるばかりだ。
「おい、どうしたんだよ」
不審そうな朱里の声に、ようやく小夜は言葉の存在を思い出した。
「あ…私…」
頭の奥で青い光の残滓が少しずつ消えていく。
あれは何だったのだろう。
ほんの一瞬、今まで感じたことのない強い力の存在を感じた。
あの青い光は…。
「おい小夜!」
突然、思考を裂いて朱里の声が飛び込んできた。手首を強い力で掴まれる。
見ると、座ったまま小夜の手を掴んで、朱里が小夜を見上げてきていた。
視線が合うと、朱里の表情が不安と安堵の混じった色に変わる。
「お前大丈夫か?やっぱりどこか怪我してるんじゃ…」
掴まれた手から伝わる熱が、小夜を少しずつ現実世界に引き戻していく。
脳裏に息づいていた青い光の残像は、完全に消滅していた。