「不思議よね。どんな場所にいても、そこから見上げる空はいつも同じ。私ね、こうやってると昔の小さい頃を思い出すの。あのときはサクと並んで空ばっかり見てたから」

「朔夜さんとは昔からご一緒されてるんですか?」

「まあ腐れ縁ってやつでね。二人で探し物してるのよ、ずっと」

空に向けられた綺羅の目がわずかに細められた。

何かを懐かしむようにも、苦渋を押し殺しているようにも見える。

軽々しく続きを尋ねることもできず黙っていると、ふいに綺羅が小夜に笑いかけてきた。

「小夜ちゃんは彼と旅を始めてどれくらいなの?」

あまりに清々とした笑顔で綺羅が尋ねる。

小夜は朱里と過ごした月日を脳裏で辿りながら答えた。

「次の春が来たらちょうど一巡りです」

「へえ…意外と間もないんだ。どうりで初々しい感じがすると思った」

綺羅の言葉に小夜は顔を曇らせる。

考えすぎだと分かってはいるが、自分の頼りなさを明言された気がした。


綺羅は再びのんびりと、沈んでいく空を眺めている。

その横顔には自信が溢れているように見えた。

「あの…」

小夜の言葉に、綺羅が「ん?」と返す。

夕日を受けて不思議な紫色に染まった瞳が、真っ直ぐに小夜を捉えた。

「どうすれば綺羅さんのようになれるのでしょうか…?」

目を瞬かせる綺羅に、小夜は慌てて付け加える。

「わっ私も、綺羅さんみたいに強くて素敵な女性になりたいんですっ!どうすればいいのか教えてくださいませんか?」

一息に告げた後で、小夜は大きく肩で息をする。

目の前で目を丸くして小夜を見下ろしていた綺羅が、急にぷっと吹き出した。

「いきなり最高の褒め言葉くれるわね。サクの馬鹿に聞かせてやりたいところだわ」

言いながらも可笑しそうに笑いをこぼす。

小夜は一気に頬が上気するのを感じた。

自分はまた変なことを言ってしまったらしい、と後悔の念に襲われる。

「あ、あの…おかしなこと言ってごめんなさい」

意気消沈して肩を落とす小夜を見て、綺羅が慌てたように口を押さえた。

「ちょっと、やだ違うのよ。サクとはあまりに違うこと言うもんだから嬉しくて笑っちゃっただけで。そんなしょげないでよ。ほら、顔上げて」

それでもうつむいたままの小夜の両頬を、突然綺羅の両手が挟み込んだ。

ぐいと持ち上げられる。
小夜の視界に綺羅の顔がアップで映り込んだ。

「いい?あたしはね、小夜ちゃんみたいにあんまり考えないの。とにかく体が動くのに任せる。頭は後からついてくればいい」

頬を固定されたままの小夜が必死にうなずく。

綺羅はさらに小夜の瞳の奥を覗き込むように見つめると、

「考えちゃ駄目。考える前に動くの。それが強くなる秘策よ」

力強い微笑みに、小夜の視線は一気に綺羅に引き込まれた。

「考える前に動く…」

「そう。頭でいくら考えたって答えなんか見つからないわ。考えることに囚われすぎてると、がんじがらめになっちゃうだけよ。足を踏み出さなきゃ事態は何も変わらないし、変えられない。自分が望むべき方向に進みたいなら、体が自然と動くのに任せてみればいい。意外と衝動ってやつも大事なんだからね」

そこまで言うと、綺羅は小夜を捕らえていた手をぱっと離した。

「なあんて、えらそうなことはここまでにしとくわ。あたしもとやかく言える立場じゃないし」

そのまま軽やかに身を翻し夕日に染まった廊下を立ち去っていく。

その背中が見えなくなる頃、はっきりと綺羅の声が小夜の耳に届いた。


「今夜は負けないわよ」


誰もいなくなった茜色の廊下で、小夜は窓の向こうを見上げる。
少しだけ、胸の中に巣食っていた不安が薄らいだような気がした。

夜は近い。



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