欄干に手を乗せ空を眺める二人の背後には、淡い紺色の影がまっすぐに二つ並んで伸びていた。
闇に沈んだ山々の方向を見つめて、朱里は口を開く。
「明日は絶対、あいつらより先に幻月花を見つけるぞ」
「はい」
そう答える小夜の横顔は、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「どんな花なんでしょうね。あの月と同じように光る花って」
「やっぱり幻っていうぐらいだから、相当綺麗なんじゃないか」
「そうですよね」
小夜の口元がふいにきゅっと上がる。
「なんだか嬉しそうだな」
「はいっ。昔から花を見たり育てたりするのが好きなんです」
期待に胸を膨らませるといった風に、小夜は欄干から身を乗り出して遠方を見つめる。
どこかに少しでも早咲きの花の光が漏れていないか探すように。
まるで子どものような小夜の様子に、朱里は思わず吹き出した。
小夜同様に身を乗り出し、同じように遠く闇に沈んだ山を望む。
「じゃあさ」
「はい?」
朱里のかけた声に、小夜の無邪気な顔が隣を振り返った。
「もし俺が幻月花を見つけたら」
そこで言葉を切る。
小夜は続きを促すように、興味深げにじっと朱里を見つめていた。
朱里は重要な宣言でもするかのようにゆっくり口を開く。
「お前にやるよ。約束する」
そう告げた刹那、脳裏に幻月花の伝承文が蘇ってきた。
それと同時に、なぜか光る花を手にした小夜の姿が浮かぶ。
頭の中の小夜はずっと遠く、朱里からは手の届かない遥か彼方に佇んでこちらを見つめていた。
紡がれる言葉はなく無言のまま、今にも朱里に背を向けてどこかへ行ってしまいそうだ。
なぜだ。
なぜこんな映像が突然浮かぶのだろう。
胸に再び不穏な影が差し込む。
朱里がその正体を探ろうと、思考の深い部分に手を伸ばしたときだった。
「じゃあ約束ですよ」
ふいに目前に差し出された小夜の小指によって、朱里の思考はあえなく遮断されてしまった。
後には何の痕跡も残らない。
形の定まらない予感だけが、胸中にしこりを残していた。
朱里は気を切り替えて、隣で嬉しそうに微笑む小夜に視線を向けた。
次いで、こちらに差し出された小夜の小指を見る。
「指切りまですんのかよ」
「はいっ」
早く早く、と揺れる小夜の小指に自分のそれを引っ掛けると、小夜が笑って目を閉じた。
「…明日は無事に幻月花を見つけられますように」
頬に落ちた睫毛の影がかすかに揺れている。
上空を見上げると、ほとんど食い尽くされた月が静かに佇んでいた。
月の下で祈りを捧げる小夜を前に、思わず朱里も願ってしまう。
明日が…いや、これからの日々が、自分たちにとって平穏であることを。
今なお胸の奥底に巣食う不穏な影など、自分の気のせいであることを。
果たして痩せこけた消失寸前の月に、朱里たちの願いを聞き届ける力があっただろうか。
答えはまだ、分からない。
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