「──なあなあ、何そんなに一人でいきり立ってんだよ」
「そんなんじゃないわよ。時間がなくて焦ってるの」
朔夜を連れて部屋に戻った綺羅は、先ほどから忙しなくベッド上に広げた谷付近の地図に見入っていた。
そのすぐ側で朔夜がうつ伏せに転がっているのは、目にも入らないようだ。
「俺には時間なんていっぱいあるけどなあ。少しくらいならキラにやってもいいよ」
ゴロゴロと暇を持て余すように右へ左へ転がる朔夜。
「あー、久しぶりのベッド、最高だー」
昨夜は一晩じゅう山中を歩き回っていたのだから無理もないが、それにしても凄いはしゃぎようだ。
彼が転がる度に、ベッドが揺れる。
「サク、埃が立つからやめて」
「そんな細かいこと気にすんなって。楽しけりゃいいんだよ」
綺羅の冷たい物言いにも臆することなく、朔夜は一人転がり続ける。
すると、綺羅が目を細めて朔夜をじっと見下ろした。
「私が嫌なの」
たった一言。
だが朔夜を大人しくさせるには十分だったようだ。
瞬時に起き上がり、綺羅の隣に朔夜は姿勢よく座る。
その様子に綺羅は小さく笑いをこぼした。
「ねえ、さっきサクの時間、私にくれるって言ったよね?」
相棒に笑いかけ、綺羅は地図を自分と朔夜の前に移動させた。
「ほんの少しだけどな」
「十分よ。一人より二人のほうが早く話もまとまるでしょ」
諦めたように肩をすくめる朔夜も、腹を決めて地図に視線を落とす。
ここにきてようやく、二人は作戦会議を開始した。
「…で、昨夜見て回ったとき、何本かめぼしい木があったと思うの。そこを重点的に探していけば、きっと時間短縮に繋がるはずだわ」
地図の上をとんとんと指先で叩きながら、綺羅が説明する。
「問題は、どういうルートを通るかってことだけど…、サク」
名前を呼ばれた朔夜からの返答はない。
綺羅は地図に視線を落としたまま、深いため息をついた。
「…あのね、サク」
「ん?」
気軽な調子で答える朔夜の視線は、地図からはまったく違う場所に移っている。
「…あんた、さっきから何してんのよ」
「え?何って」
綺羅の後ろ頭に視線を留めたまま、朔夜が愉快げに笑った。
「相変わらず、馬のしっぽみたいだなあと思ってさ」
彼は先ほどからずっと、綺羅の一つにまとめた髪の束を指に巻いて遊んでいたのだ。
「なあキラ、ちょっと頭揺らしてみてよ。そうすると、もっと馬のしっぽみたいに見えるんだ」
まるで好奇心旺盛な少年のように、朔夜は長い前髪の間からのぞく切れ長の瞳を爛々と輝かせて懇願する。
綺羅は自分の髪の毛にまとわりつく朔夜の手を払うと、「嫌よ」とあっさりその願いを跳ね除けた。
「あのね、いくらなんでも集中力なさすぎじゃない?まだ全然時間経ってないわよ」
「俺の中では結構経ったんだよ」
「屁理屈はいいの」
綺羅の言葉に、ふて腐れた朔夜が唇を尖らせて答えた。
「だってさあ、お前のその髪がいけないんだよ。さっきから視界にチラチラ入ってくるから、こっちだって遊んでやらなきゃって思うだろ?」
ここで同意を求められても困る。
だが、今の朔夜は猫じゃらしを前にしたときの猫と同じだ。
朔夜の髪の束が視界に入る度、誘惑に駆られてしまうに違いない。
「一体幾つよ、あんた…」