「うぅ…さむ」

食堂の隅にある暖炉の前に陣取って、綺羅が呻き声を上げる。

素肌の露出した肩を抱き、先ほどからずっと暖をとっているのだが、震えは一向に止まらないらしい。

「ばっかだなあ、部屋から毛布でも取ってくればいいのに」

相棒である朔夜がのん気に笑った。

こちらは優雅に足を組んで椅子に腰掛けている。

寒くないのなら、そのジャケットかストールを貸してやればいいのに、と思うのだが、朱里はあえて無言で通した。
これ以上厄介ごとに巻き込まれたくはない。

「…小夜、そろそろ行くぞ」

小声で小夜を呼び、その場から逃げるように外扉の把手を掴む。

が、またしても狙ったように背後から呼び止められた。


「ちょっと待ちなさいよ」


振り返らずとも分かる。
きっと後ろでは、暖炉の前にしゃがみ込んだ綺羅がこちらを見ているに違いなかった。

朱里は大きくため息をつくと、観念したように振り向いた。

「なんだよ」

「こっち」

指だけで綺羅が自分のほうを示す。
こちらへ来いということなのだろう。

朱里は小夜と顔を見合わせると、渋々暖炉の前に近づいていった。


「俺たちに何の用?」

「用ってほどのことじゃないんだけどね」

いまだしゃがみ込んだままの綺羅を見下ろして、朱里は思わず眉をひそめる。

「大した用事じゃないなら呼ぶなよ。俺たちだって暇してるわけじゃないんだ」

「あらぁ。私たちと違って、一晩ぬくぬく過ごしてたんでしょうから、てっきり時間にはゆとりがあるのかと思ったわ」

綺羅にとっては嫌味のつもりだったのだろう。
だが朱里は逆に笑いを漏らした。

「無駄な時間の浪費はしない。ただそれだけだよ」

綺羅と朱里の間で見えない火花が散る瞬間を、小夜は見た気がした。

口を挟む気配のない朔夜も、やれやれといったふうに二人のやりとりを見守っているようだ。
もしかしたら、単に止めるのが面倒なだけなのかもしれないが。


「…やっぱりあんた、何か知ってるわね」

綺羅が低い声でそう漏らした。
視線がギラリと朱里を射る。

「何を?」

対する朱里はそれを軽く受け流すだけで、何も答えようとはしない。
ますます綺羅の眼光が激しくなる。

「あっ、あ、あのっ」

側で一人おろおろと慌てる小夜の肩に、そのとき誰かの手が乗せられた。

振り返ると、椅子に深く腰掛けて朔夜が小夜を見上げていた。

「大丈夫。そんな心配する必要ないって。放っときゃそのうち解決するからさ」

この場にそぐわない明るい笑顔で、朔夜はひらひらと手を揺らしてみせる。

「でも…」

「まあまあ、小夜ちゃんはほら。椅子に座って、お兄さんとのんびりお喋りでも楽しみなさいって。それとも、俺と一緒にお茶するのは、嫌?」

満面の笑みが急に不安げな顔に変わる。

首を傾げてみせる朔夜。
だがその後ろには、言葉では言い表せないほど壮絶な形相で相棒を見つめる綺羅の姿があった。

いつの間に立ち上がったのか、綺羅は身に闇をまとわせながらゆっくり朔夜の後ろに忍び寄る。

「…何言ってんの。あんたは部屋から毛布を取ってくるのよ。今すぐ」

脱兎のごとく、とはまさにこのことを言うのだろう。

綺羅の、身も震えるような低い声を聞いた朔夜は、振り返りもせずそのまま食堂から走り去っていってしまった。

唖然とする小夜の目の前で、綺羅の表情が瞬時に笑顔へ転じた。

「いい?ああいう輩は甘やかすとすぐ付け上がるから、初めのうちに痛い目見せといたほうがいいわよ。人間と思っちゃ駄目、獣か何かだと思ったほうがいいわ」

今まで連れ添ってきたであろう相棒の口から出たとは思えない言葉だ。
しかも爽やかな笑顔で言うものだから、なおさら恐ろしい。

同意していいものか悩む小夜の視界から外れた場所には、朱里の姿もあった。

こちらもまた綺羅と同じく、殺気を感じさせる形相で、朔夜が消えていった方角を睨みつけているのだった。



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