***



朔夜はどんどん元気を取り戻していった。

生来明るい性格だったのを、父親の存在が押し潰していたのかもしれない。

よく笑い、よく喋り、子どもらしい少年へと戻った朔夜は、以前にも増して空を見上げる時間が多くなっていた。

昼間は里の中を走り回って遊んでいるが、陽が沈んでくると一人姿を消すことも少なくなかった。

そういうときは必ず里の外れの物見やぐらに上っていた。

里長が心配して朔夜の姿を探すことも、少なからずあるほどだった。



「朔夜」

やぐらの上で空を眺める後ろ姿に声をかけて、綺羅は隣に歩み寄る。

「またここにいたの?里長心配してたよ」

「うん、ごめん」

こういうときの朔夜は生返事が多い。

何をそんなに必死になっているのか、空に浮かぶ星々をじっと見つめている。

今も綺羅に一度も視線を向けることなく、星空に目を留めていた。

「ねえ、朔夜、そろそろ帰ろう」

半ば無理やりに腕を引くようにして、二人でやぐらを下りる。

朔夜は心ここにあらずといった風にうつむきがちに歩いていたが、家々の灯りが見えてきたところでぴたりと足を止めた。

不思議に思って綺羅は後ろを振り返る。

「朔夜、どうしたの?」

「綺羅、あのさ」

足元に落ちていた朔夜の視線が少しずつ綺羅へと移る。


「俺、流れ星を探しにいきたい。地上に落ちた俺の家族を見つけたい」


真っ直ぐに綺羅の目を見つめて、朔夜は迷いなくそう告げた。

「え…」

「ずっと考えてたんだ。どうしてあの日あんなことが起きたのか。俺が家を出ようとさえしなければ、父さんは怒らなかったし、母さんも傷つかずにすんだんじゃないかって」

その後、朔夜は淡々と事件当日に起きた真実を語り始めた。


家に戻り、眠る両親に気づかれないよう荷物を抱えて外へ出ようとした朔夜。

それに気づいた父親が逆上してナイフを振り回したこと。

朔夜をかばおうとした母親がそのナイフを受けて倒れたこと。

妻を殺してしまったことで完全に我を失った父親と揉み合いの末、朔夜の腕が押しのけたナイフが父親の胸へ深々と刺さってしまったこと。

そして。


「俺、すごく怖くなった。母さんも父さんも動かなくなって、俺だけが残されて。ずっと父さんのこと怖かった。母さんだっていつもは俺が殴られるの見てるだけの弱い人だった。でも、だからって死んでほしいわけじゃなかったんだ。だって俺の家族だもの。だから俺だけ残されたのが怖くて、それで…父さんの胸に刺さってたナイフで…一緒に死のうとしたんだ」


朔夜の表情がだんだんと曇っていく。

綺羅の視線はおのずと朔夜の首の包帯に注がれた。


うまく呼吸ができない。
背中を冷たい嫌な汗が伝う。


真実は綺羅が思っているものとはかけ離れていた。

必死に手を真っ赤に汚して、朔夜の側からナイフを父親の手へと移したのは、朔夜が罪を負ったと思ったから。

朔夜が両親を殺したのだと思ったからだ。


震える手を隠すように服の裾を強く握りしめて、綺羅は朔夜から顔をそむけた。

何が共犯者だ。

恐らく大人から話を聞いた朔夜は気づいているはずだ。ナイフの位置を移動させたのが綺羅で、どうしてそんなことをしたのかも。

私は朔夜を──。



「──綺羅」

名前を呼ばれて、綺羅はびくりと肩を震わせた。

次にどんな言葉が続くのか、考えると怖くて逃げだしてしまいたくなる。だが両足は地面に縫い付けられたかのように一歩も動いてくれない。

服を握り締めた綺羅の手に、朔夜の手がそっと添えられた。

綺羅が覚悟を決めてきつくまぶたを閉じたとき。


「流れ星、探しに行こう。遅くなったけど、一緒に」

朔夜の穏やかな声がそう告げた。

恐る恐る開いた視界には、微笑む朔夜の姿があった。

「ずっと言おうと思ってたんだ。俺、綺羅と一緒に里を出て色んなところを見て回りたい」



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