数日後、目を覚ました朔夜は里長や大人たちの後ろに立ち尽くす綺羅を見つけて、にっこりと笑顔を見せた。
綺羅は思わず目を逸らしていた。
こんなときどんな顔をすればいいのか綺羅には分からなかった。
朔夜はこれから里長の家で暮らすらしい。
「朔夜はこれから大変なんだから良くしてあげなさい」
母がエプロンの裾で手を拭いながらそう言った。
不思議だった。
朔夜が大変なのは今に始まったことじゃないのに。
むしろ今以上に以前のほうが過酷だったはずだ。
今さら母はどうしてこんなことを言うのか。
綺羅があれだけ朔夜をうちに引き取ってくれとお願いしていたのに聞く耳を持たず、その結果あんなことになってしまったというのに。
大人は薄情で、いつも口先だけだ。
大人が何もしてくれないから、だから綺羅がやるしかなかった。
自分の手で朔夜を守るしかなかった。
共犯者。
きっと今の自分にはこの言葉が一番ぴったりなんだろう。
おそらく朔夜ももう周りの人間から聞いて気づいているはずだ。
真実がいつの間にかすり替えられていることに。
「はあー」
冬の空はきんと空気が澄んでいて、普段以上に星がよく見える。
一人物見やぐらの上で綺羅は空を眺めていた。
家から持参した毛布にくるまり暖をとる。
朔夜が目覚めて以来、綺羅は彼と顔を合わせていない。いや、正しくは顔を合わせないよう朔夜を避けるように生活していた。
朔夜もわざわざ綺羅を訪ねて家に来ることもなかった。
綺羅は内心安堵した。
星がいつものように瞬いては流れていく。
風のない静かな夜だ。
目を瞑れば自分の呼吸音だけが耳に響く。
きっと里の皆はもう眠っているんだろうな。
そんなことをぼんやり考えていたときだった。
「──綺羅?」
肩ごしに名前を呼ばれて綺羅はどきっとした。
とっさに後ろを振り返る。
やぐらの屋根が生んだ影から出てくるように姿を現したのは、朔夜だった。
「あ…」
突然のことに言葉が出てこない。
戸惑う綺羅をよそに、朔夜は隣に並ぶと夜空に顔を向けた。
以前と何も変わらない穏やかな横顔。
「ここに来るの久々だなあ」
嬉しそうに笑う朔夜からは、あの日の惨劇など想像もつかない。
もしかして全部夢だったのかもしれないと思いそうになる。
だが朔夜の首には白い包帯が痛々しく巻かれたままだった。
相槌を打つことも、声を出すこともできない綺羅を気にする風もなく、朔夜は再び口を開く。
「ねえ綺羅、知ってる?この里の言い伝え」
少しの間をおいて、朔夜は話し始めた。
「この里ではね、死んだ人はみんな空に輝く星になるんだって。それで、里で暮らす家族を見守り続けるんだってさ。本当かな」
くすりと笑いを漏らす朔夜が今何を考えているのか、綺羅には分からなかった。
朔夜の横顔はひどく傷ついているようにも、どこか清々としているようにも見えた。
「でもさ…」
ぽつりと朔夜の口元が言葉をこぼす。
「流れ星はどうなんだろう。見守りたい家族がいないときに落ちていくのが流れ星なのかな」
そのときタイミングよく星が流れて消えていくのが見えた。
それを朔夜は目を細めて見守る。
「もしかしたら今流れていったのが、俺の家族なのかも」
そのまま押し黙るように朔夜は手すりを握り締めたまま、泣きそうに顔を歪めて空を睨みつける。
綺羅はおずおずと朔夜に肩を寄せると、毛布を互いの肩にかけた。
「私がいるよ…」
綺羅の言葉に、朔夜がゆっくりとこちらに顔を向ける。
「私がいるから、朔夜は一人じゃないよ」
一言ひとこと、胸から搾り出すように言葉を紡ぐ。
朔夜の顔は見られない。それでも朔夜に気持ちは伝わったと信じたい。
「うん…」
隣で朔夜が頷く気配がした。
ひとつの毛布にくるまり合って、二人は静かに空へ顔を戻した。