外に出るとちらほらと白いものが舞い始めていた。
「どうりで寒いと思った」
「ホワイトクリスマスですね」
小夜がそっと宙に手を伸ばす。
風に乗ってどこからかベルの音が聞こえてきた。
そういえば今日はこの町の広場でクリスマスマーケットが開かれてるんだっけ。
そこにはおそらく菓子やケーキの類もたくさん並べられていることだろう。
間違いなく小夜は好きだろうなと振り返った先で、これから朱里が言わんとしていることが分かっているのだろう、小夜が期待を込めた顔で朱里の言葉を待っていた。
「行ってみるか」
「はい!」
思ったとおり、すぐに威勢のいい声が返ってくる。
はやる気持ちのままに駆け出そうとする小夜の手を掴むと、石畳の道を二人並んで歩き始めた。
静かに降る雪の中、少し冷たくなった小夜の手が、そっと朱里の手を握り返してきた。
触れたところから温もりが広がっていくのを感じる。
白い息を吐いて、朱里は綿雪が舞う虚空を見上げた。
なんだか急に、今日一日夢に振り回されていた自分が馬鹿らしく思えてきた。
仮に今朝の夢が予知夢で、未来を少し擬似体験できたのだとしても、自分が実際存在しているのは今このときだ。
形すらない未来に心奪われるより、こうしてともに過ごす確かな今のことを考えたほうがずっといい。
放っておいても未来なんて、いつか誰の元にも訪れるものなのだから。
小さな手を温めるように握り返すと、隣で小夜が嬉しそうに微笑むのが分かった。
カーテン越しの朝日を感じて目を開くと、すぐ隣には見慣れた少女の寝顔があった。
あどけなさの残る口元が小さく寝息を立てている。
昨夜朱里には小夜とともに眠った記憶はない。
どうやらまた夢を見ているようだ。
上半身を起こして伸びをしていると、隣で眠る小夜が小さく呻きを漏らした。
「うぅ、寒いです…」
昨日の夢の中で聞いたのと同じ台詞を耳にして、思わず朱里は小夜のほうに視線を落とす。
寝ぼけまなこで熱を求めてしがみついてくる小夜は、しっかりと寝間着を身にまとっていた。
「なんだ…」
若干がっかりした声音になる。
別に期待していたわけではないが、これは俺の夢の中だ。
どうせなら昨日のような状況になっていてもいいではないか。
よくよく考えれば、昨日はあまりに動揺しすぎていたものだから、例の小夜の姿をぼんやりとしか覚えていなかった。
唇を尖らせて小夜の寝間着姿を眺める朱里の視線に気づいたのか、小夜が瞼を開いて朱里の顔を見上げてきた。
「あ…、おはようございます…」
眠いのか、とろんとした瞳を向けてくる小夜に、朱里は唇を尖らせたまま口を開いた。
「今朝は裸じゃないんだな」
「…へ?」
これは夢だ。
普段なら絶対に言えないことも、夢の中なら何だって言える。
要するに無敵なのだ。
だから、きょとんとした小夜が起き上がって「裸?」と聞き返してきたときも、羞恥心など持ち合わせもせず自信満々に頷けた。
「そうだよ。昨日は裸でそこに寝てただろ」
「…あの、朱里さん?どなたかと間違えてらっしゃるんじゃ…」
「俺がお前以外の誰と寝るっていうんだよ。ああそうか。今朝の夢のお前には、昨日の夢の記憶がないって設定なんだな。なるほど」
一人で納得したように頷く朱里の側では、小夜が困ったように首をひねっている。
「私にはおっしゃっている意味が…。ええと、裸で寝てたほうがよかったってことでしょうか?」
「そこは俺の夢なんだから分かるだろ。次出てくるときは任せたぞ」
なぜか爽やかな笑顔の朱里に肩をぽんぽんと叩かれて、小夜は戸惑いつつも頷きを返した。
今日も朱里さんはどこか変です、とその顔には書いてあったが、朱里には気づく余地もない。
「さあてと、そろそろ起きるかな」
夢の中で起きるという動作の矛盾を感じつつ、朱里が大きな欠伸をしたときだった。