外に出るとちらほらと白いものが舞い始めていた。

「どうりで寒いと思った」

「ホワイトクリスマスですね」

小夜がそっと宙に手を伸ばす。

風に乗ってどこからかベルの音が聞こえてきた。

そういえば今日はこの町の広場でクリスマスマーケットが開かれてるんだっけ。

そこにはおそらく菓子やケーキの類もたくさん並べられていることだろう。

間違いなく小夜は好きだろうなと振り返った先で、これから朱里が言わんとしていることが分かっているのだろう、小夜が期待を込めた顔で朱里の言葉を待っていた。

「行ってみるか」

「はい!」

思ったとおり、すぐに威勢のいい声が返ってくる。

はやる気持ちのままに駆け出そうとする小夜の手を掴むと、石畳の道を二人並んで歩き始めた。



静かに降る雪の中、少し冷たくなった小夜の手が、そっと朱里の手を握り返してきた。

触れたところから温もりが広がっていくのを感じる。

白い息を吐いて、朱里は綿雪が舞う虚空を見上げた。

なんだか急に、今日一日夢に振り回されていた自分が馬鹿らしく思えてきた。

仮に今朝の夢が予知夢で、未来を少し擬似体験できたのだとしても、自分が実際存在しているのは今このときだ。

形すらない未来に心奪われるより、こうしてともに過ごす確かな今のことを考えたほうがずっといい。

放っておいても未来なんて、いつか誰の元にも訪れるものなのだから。

小さな手を温めるように握り返すと、隣で小夜が嬉しそうに微笑むのが分かった。


****



カーテン越しの朝日を感じて目を開くと、すぐ隣には見慣れた少女の寝顔があった。
あどけなさの残る口元が小さく寝息を立てている。

昨夜朱里には小夜とともに眠った記憶はない。
どうやらまた夢を見ているようだ。

上半身を起こして伸びをしていると、隣で眠る小夜が小さく呻きを漏らした。

「うぅ、寒いです…」

昨日の夢の中で聞いたのと同じ台詞を耳にして、思わず朱里は小夜のほうに視線を落とす。

寝ぼけまなこで熱を求めてしがみついてくる小夜は、しっかりと寝間着を身にまとっていた。

「なんだ…」

若干がっかりした声音になる。

別に期待していたわけではないが、これは俺の夢の中だ。
どうせなら昨日のような状況になっていてもいいではないか。

よくよく考えれば、昨日はあまりに動揺しすぎていたものだから、例の小夜の姿をぼんやりとしか覚えていなかった。

唇を尖らせて小夜の寝間着姿を眺める朱里の視線に気づいたのか、小夜が瞼を開いて朱里の顔を見上げてきた。

「あ…、おはようございます…」

眠いのか、とろんとした瞳を向けてくる小夜に、朱里は唇を尖らせたまま口を開いた。

「今朝は裸じゃないんだな」

「…へ?」

これは夢だ。
普段なら絶対に言えないことも、夢の中なら何だって言える。
要するに無敵なのだ。

だから、きょとんとした小夜が起き上がって「裸?」と聞き返してきたときも、羞恥心など持ち合わせもせず自信満々に頷けた。

「そうだよ。昨日は裸でそこに寝てただろ」

「…あの、朱里さん?どなたかと間違えてらっしゃるんじゃ…」

「俺がお前以外の誰と寝るっていうんだよ。ああそうか。今朝の夢のお前には、昨日の夢の記憶がないって設定なんだな。なるほど」

一人で納得したように頷く朱里の側では、小夜が困ったように首をひねっている。

「私にはおっしゃっている意味が…。ええと、裸で寝てたほうがよかったってことでしょうか?」

「そこは俺の夢なんだから分かるだろ。次出てくるときは任せたぞ」

なぜか爽やかな笑顔の朱里に肩をぽんぽんと叩かれて、小夜は戸惑いつつも頷きを返した。

今日も朱里さんはどこか変です、とその顔には書いてあったが、朱里には気づく余地もない。

「さあてと、そろそろ起きるかな」

夢の中で起きるという動作の矛盾を感じつつ、朱里が大きな欠伸をしたときだった。



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