テーブルに頬杖をついたまま、朝食に出された目玉焼きをフォークでつつく。
頭の中はいまだ夢で見た光景から抜け出せずにいた。
そんなとき、向かいの席から声がかけられた。
「朱里さん?」
上目がちに小夜がこちらを見つめてくる。
「何かいいことでもあったんですか?すごくにこにこされてますが」
朱里は思わず口元に手を当てた。
まさか笑ってたのか、俺。
「い、いやあ。今日の朝飯は旨いなあと思ってさ」
ははは、と乾いた笑いを漏らして頷く朱里に、小夜は訝しげな顔を向ける。
「…なんだか今日の朱里さん、少しおかしいです」
「なっ、何がおかしいんだよ!普段どおりだろ」
内心の動揺を押し堪えつつ反論するも、小夜は納得のいかない様子だ。
普段は鈍感なくせに、こういうときだけ妙に追求してくるのが小夜の怖いところだ。
朱里は必死に次の言葉を探す。
「お前だって言ってただろ。笑うと幸せになれるって。それを今実践してるとこなんだよ!」
苦し紛れではあったが、小夜には効果てきめんだったようだ。
「朱里さん、覚えていてくださったんですね」
どこか嬉しげに頬を緩める小夜。
その無垢な笑顔に、朱里はとてつもない罪悪感に襲われる。
小夜への申し訳なさを胸に秘めつつ、緩やかに朝の時間は過ぎていった。
その提案をしたのは小夜だった。
今日は年に一度の聖なる日だ。
もちろんそれは分かっている。
ただ具体的な計画は何も練っていなかったため、朱里は詳細を訪ねることなく小夜の提案に乗ることにしたのだった。
ごおん、と鐘の音が響き渡る。
朱里は頭を鈍器で殴りつけられたかのような衝撃を受けて唖然とした。
二人が今並んで立っているのは、真っ白い建物の前だった。
頂きには金色の鐘が陽の光を浴びて輝いている。
「…小夜、ここは…」
呻くように呟く朱里に、小夜はあっさり言い放つ。
「教会です」
あ、やっぱり?
再び脳内に夢の光景がよみがえったとき、小夜の手が朱里の手を握り締めてきた。
「さあ行きましょう、朱里さん」
導かれるままに、朱里は教会の重い扉を開いて中に入ることになったのだった。
…まさにデジャヴだ。
こんな偶然あるものなのか。
朱里の目に飛び込んできたのは、見覚えのある景色だった。
礼拝堂の最奥に天まで伸びた七色のステンドグラス。
今朝朱里はそれを見上げたばかりだ。
壇上には夢で見た祭壇の代わりに、聖歌隊の子どもたちが段に分かれて並び、その透き通った歌声を響かせている。
呆然と立ちすくむ朱里を見て、小夜が小声でささやいた。
「とっても綺麗ですね。もっと前のほうで聴きませんか」
朱里が聖歌隊の歌声に感動していると思ったのだろう。
嬉しそうに微笑んで、小夜は聴衆用に設けられた長椅子のほうに歩き出した。
朱里もその後に続く。
…まさか、あれは予知夢だったのだろうか。
小夜の隣に腰を下ろすと、朱里はぼんやり壇上に視線を向けた。
聖歌隊の子どもたちを見ているわけではない。
その心は夢で見た光景を彷徨っていた。
この教会の祭壇前で、白いドレスに身を包んだ小夜と並んで誓いを立てる自分。
馬鹿なことを考えていると自分でも思うが、もしあれが予知夢なのだとしたら。
(…俺がこいつと…?)
ちらりと窺い見た小夜の横顔は、ステンドグラスを通して漏れる光をその瞳に受けてきらきらと輝いていた。
聖歌隊の紡ぐ音楽に夢中になっているようで、朱里の視線には気づく様子もない。
いやいや、いくらなんでも。
軽く首を振って、朱里はその考えを一蹴した。
そんな未来、考えたこともない。
突拍子もないただの夢だ。
そう自分に言い聞かすが、どうしても目前の景色が夢の中の光景と重なってしまう。
無意識のうちに再び隣に視線をやると、ふいに小夜の顔がこちらを向いた。
目と目が合った瞬間、小夜が相好を崩して笑う。
その反応を見て、また自分の頬が緩んでいることに気づかされた。
どうやらあの夢には、多少の願望も含まれているみたいだ。