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夢物語のその先で
「──その者を永遠に愛することを、汝、主に誓うか?」
教壇を挟んで立つ白ひげを蓄えた神父がゆっくりと問う。
俺は今、白い教会の壇上に立っていた。
神父の背後には七色のガラスがはめられたステンドグラスの窓が天井まで高く伸びている。
その窓の向こうで鳥が羽ばたいていく影が目の端をよこぎっていく。
教会内は神聖な静けさに満ちていた。
耳を澄ましても自分の息遣いしか聞こえない。
そんなとき、側でわずかな衣擦れの音が響いた。
「──はい。誓います」
すぐ隣から女の声がそう告げた。
俺の側には真っ白なドレスに身を包んだ女が並んでいた。
ちらりと横目をやるが、純白のベールに包まれた顔立ちはよく見えない。
だが声に聞き覚えはある。
「では、誓いを──」
神父に促されるまま、俺と女は向かい合う。
二人を遮るベールにそっと手を伸ばし、ゆっくりとめくり上げていく。
顎、薄紅色の唇、細い鼻、柔らかそうな頬、そして伏せられた長い睫毛。
その瞼がゆっくりと開いて、俺を見上げる。
目が合うと、透き通った栗色の瞳がにっこり微笑んで俺の名を呼んだ。
「──朱里さん」
飛び起きるように目が覚めた。
上半身をベッドに起こしたまま、俺は目を白黒させる。
今の夢は何だったのだろう。
俺の隣に並んでいたのは小夜だった。
だが、なぜ俺と小夜がそろって教会で誓いなど立てていたのだろう。
あれではまるで──。
「うぅ、寒いです…」
俺の思考を遮るように、すぐ隣から声が発せられた。
見れば俺にくっつくようにして小夜が眠っていた。
俺が半身を起こしているせいでシーツがめくれ上がり、小夜の腰の辺りまでが外気に晒されているのだが、俺の目はその姿に釘付けになった。
「お、お前……なんで何も着てないんだよ!」
陶器のように白い肌。滑らかそうなつるりとした肩口から腰の緩やかな曲線までが、完全に素肌を晒している。
シーツの下では熱を求めた小夜の脚が俺の足に絡みつき、一切の布をまとっていないことは容易に解った。
俺の問いに小夜が眉根を寄せてうっすら目を開く。
「何言ってるんですか…」
まだ眠いのか、目をこすりながら横になったまま俺を見上げてくる小夜は、目を合わせると頬を膨らませて言った。
「──朱里さんが脱がせたんですよ?」
絶句する俺に、小夜が続ける。
「朱里さんだって、ほら。何も身に着けてらっしゃらないじゃないですか」
言われてゆるゆると視線を下ろした先には、確かに何もまとっていない自分の腹部が見えた。
隣で小夜がくすくすと笑う。
「今日の朱里さん、なんだか変です」
くすくす、くすくす。
笑う度に、小夜の肩が、胸元が揺れる。
そのまま俺の思考は停止した。
「っだぁああああああああああああ!」
跳ね起きるように朱里はベッドから体を起こした。
肩を揺らしながら何度も大きく息を吐く。
真冬だというのに全身汗でびっしょりだ。
とっさに自分の着衣と隣に誰もいないことを確認して、朱里は再度大きく息を吐いた。
「…夢…かあ」
よかった、と一人呟く。
そのままうな垂れるように頭を下げた朱里に、すぐ側から声がかかった。
「あの、朱里さん?」
声なき声を上げ、言葉どおり体を跳ねらせて朱里は声の主を見上げる。
「大丈夫ですか…?」
遠慮がちに問いかけてきたのは、先ほどまですぐ隣に裸で横たわっていた小夜だった。
「なんだかすごい声が聞こえたので駆けつけてきたのですが」
確かに小夜の背後に見える部屋の扉はうっすらと開いたままになっている。
心配そうに顔を覗き込んでくる小夜に、朱里はひきつった笑顔を作って手を振ってみせた。
「ああ、悪い悪い。ちょっと夢見がな」
「夢?怖い夢でも見たのですか?」
さらに心配してくる小夜。さすがに裸のお前が隣で寝てる夢を見たとは言えず、朱里は「まあな」と曖昧に誤魔化してベッドから起き上がった。
(それにしてもあんな夢見るなんて、一体何考えてんだ俺は)
さすがに願望が具現化した夢だとは思いたくない。
思春期の子どもじゃあるまいし。
気を取り直すようにぷるぷる首を振る朱里の隣で、何も知らない小夜が不思議そうに首を傾げてみせた。