「ロキ様、ありがとうございました」
空いた皿を厨房まで運んでくれたロキに礼を言って、小夜は笑顔で彼を見上げた。
さすがに客人に片付けはさせられないと一度は断ったのだが、一口もらった礼だとロキが強制的に皿を奪って持って行ってしまったのだ。
初めて会ったときの彼からは考えられない行動だ。
なんだか親近感の湧くその背中を眺めながら、小夜はつい頬を緩めた。
こそばゆくなるロキの優しさが嬉しかった。
小夜の視線を受け止めて小さく笑みを返したロキが「さて」と切り出した頃には、窓から差し込んだ西日が廊下を黄金色に染めていた。
いつの間にかもうこんな時間になっていたのか。
窓の向こうにやった目を戻したところで、ロキが含んだ視線を小夜に向けてきた。
「そろそろ本題に入りたいんだが」
じっと瞳の奥を覗き込んでくる。
その意図するところに思い当たって、小夜は小さく息を飲んだ。
以前提案した協定への答えが出たということなのだろう。
「分かりました。それではこちらへ」
小夜の後をロキと二人の側近が続こうとしたところで、ロキが後ろを振り返って言った。
「お前たちはここで待て。俺は姫と二人で話がしたい」
事前に聞いていたのか了解と頷くトールの横で、異論を唱えたのはトオヤだった。
「お待ちください。いくら城内とは言え、お二人だけになるのは…」
「何かまずいことでも?」
ロキは挑発するように微笑むと、追い打ちをかけるように付け加えた。
「逢瀬について来ようなど、悪趣味な男だな」
その言葉の意味はよく分からなかったが、小夜も後に続ける。
「トオヤ、大丈夫です。失礼のないよう気をつけますから心配しないでください」
安心させるために笑ってみせると、トオヤがため息をついて呟いた。
「そういう意味で言ったわけではないんですが…。分かりました。小夜様、お気をつけて」
笑顔で頷いて、小夜はロキと連れ立って廊下を後にする。
不服そうな顔で主人たちの背中を見つめるトオヤに、隣のトールが笑いかけた。
「ご心配なさらず。わが主はああ見えて、女性に手荒なことはしませんよ。今のうちに私たちはゆっくり休憩させてもらいましょう」
「はあ…」
曖昧に返事をしつつ、トオヤの視線は小夜の背に注がれたままなのだった。
「少し外の空気を吸うか」
ロキの提案を受け、小夜は彼の後ろに追随するようにして城の庭を歩いていた。
ただ、庭といってもシルドラ城で見たバラ園のような美しい庭ではなく、等間隔に木が植えられているだけの簡素な造りなので、少し申し訳ない気もしたが、ロキは別段気にも留めていないようだ。物珍しそうにその頭は周囲を見回していた。
小夜は落ち着かない心地で、ロキからの言葉を待つ。
色よい返事はもらえるだろうか。
そればかり気になって前を行く背中を見上げていると、急にロキがこちらを振り返った。
青い瞳と目が合って、その口から笑いが漏れる。
「何て顔をしている。男と二人きりのときにそんな険しい顔をする女がいるか」
指摘されて初めて、自分の顔が強張っているのに気づいた。慌てて両手で頬をもみほぐす。
「すみません。緊張してしまって」
前に立つロキは楽しげに、そんな小夜を見下ろしている。
こちらは緊張のきの字もない。
「その緊張は、俺と二人きりだからというものではないのだろうな。姫の頭の中は色恋よりも国のことか」
「えっと…」
笑みを向けてくるロキに小夜は目を瞬かせるばかりだ。
ロキと会話していると、こういうことが稀にある。
おそらくからかわれているのだろうとは思うのだが、機知に富んだ返事ができないのが申し訳ない。
必死に気の利いた返しを探して悩んでいると、ロキがくすりと笑いをこぼした。
「冗談だ。受け流せ。それよりお前は、協定についての答えが知りたいんだろう。素直にそう言えばいい」