「──えっ?」
思わず素っ頓狂な声を上げて、小夜は前に立つトオヤをまじまじと見返した。両手にナイフとフォークを握り締めたまま。
昼下がりのゆったりとした雰囲気が漂う食堂の一角に小夜はいた。
周囲には、今慌ただしく入ってきたトオヤを除けば誰もいない。
そんなところで一人何をしていたのかと言うと、もちろん早すぎるおやつの時間というわけではない。
つい先ほど厨房の料理長からある任務を仰せつかったのだ。
夕食で披露するための新作を、ひと足先に食べて感想を聞かせてほしいと。
嬉々として頷いた小夜が、今まさに皿の上の料理にフォークを伸ばそうとしていたところで、突然トオヤが駆け込んできたのだった。
「今、何て?」
訊き返す小夜に、トオヤが珍しく険しい表情で答える。
「ですから、シルドラ国のロキ様が城にお見えになっています。ホールで待っていただいていますが、事前の連絡もなく急に訪問してくるなんて…」
最後のほうはほとんど愚痴に近い。
そこに後ろから声がかかった。
「それは悪かったな。取り急ぎ、姫と直接話したい案件があったのでな」
トオヤの体越しに、見覚えのある赤い頭が覗いて小夜は「あっ」と声を上げていた。
「ロキ様!」
悠々自適に辺りを見渡しながら、ロキが食堂に入ってくる。
そのすぐ脇には側近のトールの姿もあった。
「ちょっとロキ様!人様のお宅をそんな我が物顔で歩き回らないでくださいよ!ああ、小夜様。お邪魔しています」
眉間に皺を寄せたかと思いきや、小夜の姿を視界に入れて相好を崩すトール。
ロキの側に仕える身というのも、なかなか気忙しいのだろう。
トールの注意をものともせず、ロキはそのまま真っ直ぐに小夜たちの元に歩み寄ってきた。
テーブルについた小夜を見下ろして、その顔がわずかにきょとんとする。
「なんだ。昼時は外したつもりだったが食事中だったか。済まなかったな」
言葉とは裏腹に、少しも悪びれることなく当然のように、小夜の向かいの席に腰を下ろす。
そのまま頬杖をついて皿に視線を落とすと、ロキはぽつりと呟いた。
「ふうん。美味そうなものを食っているな」
「よかったらロキ様も召し上がりますか?まだ手はつけてないので大丈夫ですよ」
すかさず皿を差し出そうとする小夜を、側で見ていたトオヤが制止する。
「小夜様、さすがにそれは」
「そうですよ。殿下も何当たり前のように座ってるんですか。食事の邪魔になりますから一旦外に出ましょう」
小夜に頭を下げながらロキを呼ぶトールだが、当のロキはまったく腰を上げる気配すらない。
「俺のことは気にせず食事を続けてくれ」
背後から飛んでくる非難の声も、小夜の側から突き刺さるトオヤの鋭い視線も完全に無視だ。
「えっと、それじゃあお言葉に甘えて…」
仕方なく小夜は食事を再開することにした。
とは言え、真正面からじっと見られているのは妙に落ち着かない。
目のやりどころに困って皿に視線を落としたままもぐもぐ口を動かしていると、ロキのほうから声が発された。
「見ていると腹が減ってくるな」
顔を上げたところで、ロキの手がこちらに伸びてきた。
そのまま皿の上に乗った一口大のチキンをつまみ上げて口に放り込む。
トールとトオヤからほぼ同時に叱責の声が上がった。
びっくりして目を丸くする小夜に、涼しい顔でロキが言う。
「少し塩味が濃い。薄いほうが俺の好みだ」
「はい。料理長さんに伝えておきます…」
思わずそう返事をした後で、小夜はあることに気づいて顔を強張らせた。
「…ロキ様、今の私の食べかけだったんですけど…何ともないですか…?」
深刻そうに尋ねる小夜に答えを返したのは、ロキではなく二人の側近たちだった。
「問題はそこですか、小夜様…」
「こんな無礼の塊のような人を連れて来てしまって、何とお詫びをすればいいか…!」
口々に声を漏らす二人の前で、相変わらず頬杖をついたままのロキが一足遅れて答えを返した。
「別にお前の唾がどれだけついていようが俺は一向に構わん。美味ければそれでいい」
「言い方!」
見事にシンクロした側近たちの反応に、小夜がたまらず笑いをこぼす。
そうこうしているうちに、賑やかな昼下がりは過ぎていったのだった。