墓標を目の前にして、ようやく二人がこの世から消えてしまったのだと実感が湧いた。


初めは風の噂に聞いた。
その後、再会した小夜からも同じ話を耳にした。

だが正直なところ半信半疑だった。

噂も小夜も、直接二人を見たわけではない。
噂は根も葉もない作り話で、小夜ももしかしたら何か勘違いをしているのかもしれない。

自分よりずっと若い弟が命を落とすなんて、いくらなんでも理不尽すぎる。

そんなふうに、心のどこかで希望を捨てきれずにいた。


弟の名前が深く刻まれた墓標は、どれだけ目をこすっても瞬きを繰り返しても消えることはない。
これこそが紛うことなき真実なのだと、無言でアールに弟の死を突きつけていた。


「…来るのが遅くなってごめん」

その言葉ももう弟には届くこともないのだろう。

君は僕の自慢の弟だよ。愛しているよと、今まで伝えられなかった思いをここでいくら声に出しても、弟に伝わることはない。
抱き締めてやれる体すら弟にはもうないのだ。

こんなことになると知っていれば、追放されていようが無理やりにでも城に戻っていたのに。

そうすれば弟の運命だって変わっていたかもしれない。死なずに済んだかもしれない。

そこまで考えて、アールは苦笑を漏らす。

いや、以前の自分はそんな行動に出るほど故郷を大事に思う人間ではなかったではないか。

結局この結末は何も変わらなかったに違いない。

二人が亡くなることが運命なのだとすると、こうして国に戻ってきた自分がこれから取る行動も、運命という大きな流れの中のほんの一部なのだろうか。


「母上」

前に並んだ二つの墓標に視線を落としたまま、アールは続ける。

「この後すぐに城の議会を招集してもらいたいんです。空いたままになっている王位の件について、王子である僕から話があると」

少しの沈黙の後、隣に立つ母が静かに口を開いた。

「…舵を取る者を失ったときから、この国はずっと嵐の中にあります。時期王位継承者がいないことで、議会の中からは王の必要ない共和主義を唱える者まで出始めました。そこに国外追放された身のあなたが現れれば、心ないことを言う者も少なくはないでしょう。決して平坦な道ではありません。それでも覚悟はできているのですか」

聡い母だ。
大した権力を持たないとはいえ、この一年のうちに変わっていく国の流れはすべて掌握し、もしかしたらこの国のいく末も見えているのかもしれない。

「アール、私はもう二度とあなたに会うことは叶わないと思っていました。だからこうして顔を合わせ言葉を交わすことができて本当に嬉しいのです。…けれど、今のこの国には、戻ってきてほしくありませんでした…」

母の中にもおそらく葛藤があるのだろう。

わが子には幸せになってほしい。親なら誰しもが願うことだ。

ただこの母なら、アールが一度決めた意志を覆しはしないことも分かっているに違いなかった。

「母上。僕はようやく自分の歩むべき道を見つけたんです。僕には大切なものがあります。それを守りきるために僕は僕にできることを全うしたい。これ以上、何もせずに後悔してばかりの人生を繰り返したくないから」

アールの視線を追うように、母の顔がゆっくりと二つの墓標を見下ろした。

何もしなかった結果が二人の死だとは思いたくない。
それでも自分の行動次第で、失わずに済むものはたくさんあるはずだ。

この国の民も、自分に道を示してくれた彼女も、そして弟を思い出すあの健気な少年も、どこかで自分と繋がっている。もちろんここにいる母もだ。

自分のこれから歩む道が、彼らの幸せに少しでも作用すると信じたい。

「…分かりました」

二人の眠る墓標を見つめていた母が、静かに口を開いた。

「私も後悔してばかりの毎日には嫌気がさしていたところです。守りたいもののために、あなたを信じて動き出さないとね」

柔らかい口調に視線を向けると、こちらに笑いかける母の姿があった。
昔のように生き生きとした表情だ。

もしかしたら、さっそくアールの行動が、母の止まっていた時を動かすきっかけになったのかもしれない。

こうして少しずつでも、前に進んでいけたらいい。

アールも笑顔で返す。

「母上の守りたいものって?」

母が一際にっこり微笑んで答えた。

「久しぶりに帰ってきた私の愛息子に決まっているでしょう」




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