第7章

再 会





眼前にそびえる城は、記憶の中のそれと寸分違わぬ姿で目の前に佇んでいた。

遠い記憶が呼び起こされるような感覚に、目下までかかったフードを軽く持ち上げて、アールはハンガル城を見上げた。

ここに帰ってくるのは何年ぶりになるだろうか。
あの戦争の後すぐに追放の命が下されたわけだから、少なくとも10年は経つ。

「懐かしいなあ」

しみじみとそんな言葉が口をついて出る。

まさかここに戻ってくるとは、数年前まで考えてもみなかった。
それどころか郷愁も、名残惜しささえ感じることはなかった。

不思議なものだ。

そんな自分が変わったきっかけが、小夜との再会だったのだろう。

今思えば、この広い世界で彼女と再び顔を合わせることができたのも、今日という日のために神が与えた奇跡だったのかもしれない。


小さく笑みを漏らして、アールは城の正面扉まで伸びた階段を上り始めた。

見慣れぬ旅人の来訪に入口の守衛が駆け寄ってくる。

「待て。城に何の用だ」

前に立ち塞がった守衛の男に躊躇いなくフードを取ると、アールは微笑んで答えた。

「久しぶりに帰郷したくなってね。息子のアールが戻ってきたと、王妃に伝えてくれるかい」

年のいった守衛だ。おそらくアールの顔に見覚えがあったのだろう。
もしくは亡き王の面影をそこに見つけたのかもしれない。

少しの間声もなく唖然としていた守衛だが、すぐに一礼して走り去っていった。




ドレス姿の女性が入口に姿を現したのは、それからさして間もない頃だった。

「母上。ご無沙汰しています」

アールの言葉に、王妃は信じられないものを見ているかのように顔を凝視してきた。

「アール?本当にあなたなのですか…?」

「ええ」

震える声で呟く王妃に、アールは静かにそれだけ告げる。

ハンガル国王妃でありアールの母でもあるこの人は、聡明で涼しげな目元に凛とした顔立ちが印象的な美しい人だった。

知識欲に溢れ、幼いアールにもよく色々な本を読み聞かせてくれたものだ。

さすがに経済学の分厚い書を、まだ年端もいかない頃の寝物語として読まれたときは困り果てたが、いつも穏やかで賢い自慢の母だった。

10年が経過した今でも、もちろんその聡明な雰囲気は失われてはいない。

だが、アールの記憶の中の母よりも随分やつれて年を取ったような気がした。

それも仕方がないことなのかもしれない。

10年前に長男が国外追放され、一年前には最愛の夫と唯一残された次男すらも命を絶ってしまったのだ。

家族を失い孤独な身で、それでも王妃としての責任を果たそうと城に残った気持ちを思えば、胸が痛くなる。

この一年の辛苦が深い皺となって刻まれた母の顔に、もっと早く戻るべきだったと後悔の念を覚えた。


努めて明るい笑顔でアールが言う。

「あまりに久しぶりすぎて、ここに来るまで何度も道を間違えてしまいましたよ」

「まあ。それじゃあ城の中でも迷ってしまうかもしれないわね。さあ、中へどうぞ」

くすりと笑いを漏らして扉を開けようとした母の背に、声をかけて制止する。

「いえ、まず初めに二人に会っておきたいんですが」

その意味するところは母にもすぐに分かったらしい。

振り返った母は少しだけ寂しそうに微笑んで静かに頷いた。


***



城のすぐ裏にある小高い丘の上に二人の墓標はあった。

風の抜ける緑の草原を母に続いて上がっていく。

気持ちのいい場所だ。
見上げれば一面に空の青が広がっていた。

視界を遮るものは何もない。
夜になれば眠る二人の頭上には、満天の星が降り注ぐように瞬いているのだろう。


前を行く母の足が止まり、その前方に二つの墓標が並んでいるのが目に入った。

アールも母に倣って隣に立つ。


一方の墓標にはハンガル王である父の名前。
もう一方には、久しく呼ぶことのなかった懐かしい弟の名前が刻まれていた。


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