ここにいるトオヤだって、建前と本音は違うに決まっている。
小夜様の幸せを願う一人なはずだ。


そのとき、トオヤの口元がかすかな笑みを浮かべた。

腕が伸びてきて、その指先がライラの切りそろえられた前髪をさらりと撫でていく。

「ライラ」

優しい声音で名を呼んで、トオヤは笑顔のまま冷たく吐き捨てた。

「君は本当に幼稚だね。まるで小さな子どもと話してるみたいで、ひどく疲れる」

いつの間にかその笑いは、侮蔑を含んだものに変わっていた。

お前には心底がっかりした。

トオヤの冷たい視線がそう告げてきて、ライラは初めて自分の発言が恥ずかしくなった。

たまらず視線を床に逸らす。
羞恥で顔から火が出そうだった。


トオヤはそんなライラを顧みることもなく、背を向けると一人廊下を立ち去っていった。


***



開け放した扉の先に、小さな背中が見えた。

右手に持ったジョウロから、太陽の光を受けた七色に煌めく水が地面に降り注ぐ。

遠く青空の下で水やりにいそしむ小夜の後ろ姿を眺めながら、ライラは一人扉の前に佇んでいた。
今はとても声をかける気にならなかった。


幸せにすると大口を叩いておいて、結局このざまだ。

ライラが成したことと言えば、どこまでも子どもでどこまでも馬鹿なのだと、トオヤに露呈しただけだった。

恥ずかしいというより、今は悔しくてたまらない。

小夜の側にいる自分なら何かができると思い込んでいたのが、とても腹立たしかった。


ジョウロの水が切れたのか、こちらを振り返った小夜が、扉の前に立つライラに気づいて手を振ってきた。

太陽の光を浴びて嬉しそうに笑うその顔を見て、ライラは思わず歯を食いしばった。


ライラには、小夜が笑顔の下に押し殺した思いが全部見えている。
今までのように、幸せそうな王女様だとはもう思えない。

あの手紙には、小夜が決して口にはしない本当の願いが書かれていた。

この一生のうちに、自分の願いが叶うことはないのだろうとも。


ライラは悲劇の結末というものが好きではない。むしろ嫌いだ。

周りには好んでそういう物語ばかり読み漁る女の子もいるが、ライラにはその感覚が理解できない。
どうせ流すなら、悲しい涙より感動の涙のほうがずっと素敵に決まっている。


だからこそ諦めてほしくないし、自分も諦めたくない。

このまま何もできないからと言って何もしなければ、起こるかもしれない奇跡も起こらない。
そんなのは絶対に嫌だ。

大好きな小夜様に、幸せな結末を。


子どもだろうが何だろうがいくらでも馬鹿にすればいい。

トオヤ様にはできないやり方で、私は小夜様の力になる。


「小夜様!」


大きく手を振り返しながら、ライラは顔いっぱいに元気な笑みを浮かべて小夜の元へ駆け出していったのだった。




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