前を行く侍女の足が止まり、金属の軋む音が響いて重い扉が開かれた。
闇に慣れた視界いっぱいに、まばゆい光が満ちていく。
朱里が手をかざして、足を踏み出そうとしたときだった。
「──何をしているのかな」
白い光の中に、ぞっとするような笑みを浮かべた影が立っていた。
「離せ!離せよ!」
トオヤが率いてきた警備の男たちに牢の奥へ押し込まれながら、朱里の叫びがこだました。
無情にもそのまま錠が下ろされるのを見て、ライラは背後に立つトオヤに食いかかった。
「トオヤ様!今すぐ彼を解放してください!」
「なぜ?彼は罪人だ。外には出せない」
返ってきたのは有無を言わさぬ拒否だった。
無表情のままトオヤの口が淡々と動く。
「逃亡すれば罪人の罪は重くなる。このまま逃がせば、数日のうちに彼は処刑となるだろう。そうなれば、小夜様はさぞ悲しむだろうね」
眉を寄せるライラの顔を見下ろして、トオヤが付け加えた。
「もちろん、逃亡の手助けをした者にも重い罰が下る。それを分かった上で、君は彼を逃がそうとしているのかな」
背筋がぞくりとした。
返す言葉が見つからない。
自分がしようとしていた行為は、浅はかで愚かなことだと言われているような気がして、ライラは唇を噛み締める。
後ろから聞こえる悲痛な叫びを背に受けながら、トオヤに腕を引かれるようにしてライラはその場を後にした。
私が早まったのだろうか。
小夜様に彼を会わせてあげたいと、ただそれだけの思いで牢の鍵を開けた私が間違っていたのだろうか。
陽の当たらない西側に面した薄暗い廊下をトオヤについて歩きながら、ライラは自問を繰り返していた。
前を行くトオヤの背中は、ライラの勝手な行動を怒っているようにも、気に留めていないようにも見える。
真っ直ぐに背筋の伸びたその背中を見上げていると、ライラの視線に応えるように前から声が発せられた。
「彼と口をきくなと言ったはずだよね」
感情の読めない機械的な声だった。
トオヤは歩みを止めることもなく、後ろを振り返ることもしない。
やはりライラのしたことを責めているのだろう。
「…すみません」
謝罪の言葉を返した後で、間を置かずライラは口を開く。
「でもトオヤ様…!やっぱり私納得できないんです!」
そこに仇がいるのだとでもいうように宙を睨みつけたまま、彼女は声を押し出した。
「…彼に一体何の罪があるんですか。どうして小夜様に会わせてあげられないんですか。二人とも、お互いに会いたがってるのに、どうして引き合わせてあげちゃいけないのか分かりません!」
頭上からため息が返ってくるのが聞こえて、そこで初めてトオヤが足を止めてこちらを見下ろしているのに気づいた。
「彼はこの国から王女を連れ出し、一年もの間自分の都合で引き回した。立派な誘拐罪だ」
「誘拐…?違う!小夜様は強要されて一緒にいたわけじゃ…!」
「姫の気持ちはこの際関係ないんだよ。表面上は誰が見ても誘拐だ。仮に彼を姫に会わせてしまえば、きっと同じ轍を踏むことになる。そうなれば再びこの国は統治者を失うんだよ。君はそれをよしとするの?」
畳みかけるようなトオヤの言葉に、反論はできなかった。
トオヤの言うことは正論だ。
この国のためには、王女である小夜様にこのまま城で公務にあたってもらわなければ国は回らない。それが国民総じての思いだろう。
だが、胸にできたしこりがどうしても消えてくれない。
本当にそれでいいのかと、心の奥底にいる自分が非難してくる。
葛藤を吐き出すように、ライラはトオヤを見上げて訴えていた。
「…でも、それでも、好き合っている人同士がずっと離れ離れでいいなんて、私にはどうしても思えないんです」
小夜様に幸せになってほしいと願う気持ちは、きっと間違ってなんかいないはずだ。