これはあの幼く見える相棒も瞬殺されるわけだ。
炎の光に照らされて、小夜の安否を必死に確認しようとする青年の顔が思い浮かんで、ライラは小さく息をついた。
自分は今、目の前で笑いかけてくれる優しい姫に嘘をついていることになるんだろう。
本当ならすぐにでも地下牢へ小夜を連れて行きたい。
あなたの想い人はここにいますと教えてあげたい。
だが、小夜とあの青年を引き合わせた末に、どういうふうに事態が転ぶのかまでライラには想像がつかない。
おそらく彼を牢に入れたのはトオヤだ。
ならばその彼を自由にすれば、トオヤも黙ってはいないだろう。
もっとも、そんなトオヤの雑言など無視すればいいのかもしれないが、当の青年が小夜には知らせないでほしいと望んでいるのだからどうしようもない。
今の自分にできることと言えば、小夜の思いを青年に伝えることくらいだ。
そう自分に言い聞かせて、ライラは小夜の手から手紙の封筒を受け取った。
にっこり笑ってみせる。
「では、これは私のほうでお預かりしますね。必ず彼に渡しますから」
小夜が感謝の意を伝えるように、小さく頭を下げた。
「ライラ、本当にありがとうございます」
「いえいえ」
胸に小さな罪悪感がくすぶる。
こんなことしかできなくてごめんなさい、という言葉は口内で飲み込んだ。
その後、掃除の邪魔にならないようにとライラに気を遣ったのか、小夜は部屋を出ていった。
中庭の苗に水をあげてくるとのことだ。
「よしっ」
モップを片手にライラは背筋を伸ばして、表情を引き締める。
「ピッカピカに磨き上げてやりますからね!小夜様」
モヤモヤした気持ちを払拭するように体を動かす。
考えてばかりは性に合わない。やっぱり私は動いてないと。
机の下までしっかり磨こうと、腰を屈めたときだった。
「あれ?」
側にあるくずかごの中に視線が留まった。
ぽつんと紙が一枚広げられた状態で入っているのを、何気なく手に取る。
自然と目はそこに書かれた内容に注がれた。
「何これ…」
紙を握る手に力がこもる。
文面を目で追いながら、その表情が険しいものに変わっていく。
ライラの口から押し出すように声が漏れた。
「…こんな大事な気持ち、どうしてゴミになんかしちゃうんですか…!」
自分は幸せ者だと、さも満ち足りたふうに微笑む小夜の顔が甦る。
全然違った。
小夜様は、ないものねだりをしない人なわけじゃない。
今手にある幸せだけで十分だと、そんなふうに割り切れてるわけでもない。
ただ、諦めているんだ。
今の立場の自分では、彼の隣を歩くことなんて一生叶わないのだと、諦めて夢を見なくなっただけなんだ。
捨てられるはずだった手紙を胸に抱いて、ライラは宙を睨みつけた。
「…やっぱりこんなの間違ってる…。お互い想い合ってるのに会えないなんて、絶対におかしい…!」
再び顔を上げると、ライラはスカートの裾をひるがえして部屋を飛び出していった。
いつもとは違う激しく扉が開かれる音が響いて、朱里は抱えた膝に埋めていた顔を久しぶりに上げた。
うっすらと外の明かりが差し込む通路を、何者かの足音が駆けてくる。
トオヤにしては動作が大きい。
一体誰だ。
ゆらりと体を起こして格子に近づいた朱里の前に現れたのは、肩で息をしながらこちらを睨みつける侍女の姿だった。
「あんた…」
「文句は一切受け付けませんから!」
有無を言わせぬ強い口調で言い放って、手に握った鍵を躊躇いなく鍵穴に差し込むと、侍女はそのまま牢の鉄格子を勢いよく開け放った。
「私と一緒に来てください。小夜様の元へ案内します。あとこれ」
いきなり胸に押しつけられた封筒のようなものを無意識に受け取ると、侍女が重ねるように告げた。
「そこには小夜様の想いが全部詰まってます。後で絶対に読んでください」
なぜか怒ったような侍女の態度に、朱里は思わず無言で頷きを返した。
この封筒の意味するところはよく理解できなかったが、とにかく大切なものらしい。落とさないようズボンにしまい込む。
「さあ、早く。今なら小夜様も一人きりのはずです」
侍女は長いおさげ髪を大きく揺らしながら、こちらに背を向けて通路を出口のほうへと歩き出した。
この場で詳細を話す気はないらしい。
朱里としてもそのほうが好都合だ。
この空間さえ抜け出してしまえば、あとは何とでもなる。
小夜の元でトオヤの過去をすべて明るみにし、この城から、いや、小夜の側からトオヤを追放する。
それが無理なら力ずくでも小夜をトオヤから引き離す。
絶対に指一本だって触れさせない。
おのずと拳に力が入った。気持ちが焦って歩みも早くなる。