「…思いのたけを、これでもかというくらいに…」
口に出して反芻しながら、小夜は再び目の前の手紙と向き合う。
素直に今の自分の気持ちを文字に起こせばいいのだ。変に力んでしまうからよくない。こういうのは勢いのままに。
徐々にペン先が動き始めた。
一度書き出してしまえば、後は心に募った思いを形にするだけ。伝えたことはたくさんあった。
つらつらと、小夜の思いを乗せたペンが紙上を駆ける。
まとまりのある文章にしようとは初めから思っていない。
どんなに不格好でも、思いのたけをすべて目の前にある一枚の紙にぶつけられればそれでいい。
最後に自分の名を記して、大きく息をつく。
万年筆を強く握り締めていたせいか、指先から血の気が失せて白くなっていた。
「…なんだか、燃え尽きました」
ぽつりと呟いて、小夜は完成したばかりの手紙に目を通してみた。
正直、目も当てられない。
「これは…恥ずかしくて見せられないです…」
苦笑して足元のくずかごに手紙を落とす。
そのまま椅子の背に頭を乗せると、小夜は視線を宙に彷徨わせた。
胸の奥に溜めていた気持ちを全部吐露したせいか、妙に気だるい気分だった。
今必死にしたためたこの思いは、彼の手に渡ることなく燃やされ灰になる。
そうしたら、自分はその灰を土に蒔いて花の肥やしにしよう。
行き場を失った小夜の思いなど、それくらいしか使い道はないのだから。
大きく伸びをして、小夜は再び気を取り直して机に向かう。
しばらくして書き上げた新たな手紙は、思いのたけなど微塵も感じさせないほど、無難で型にはまったものだった。
ライラが小夜の部屋を訪れたのは、太陽が南天に近づいてきた頃のことだった。
毎日日中のこの時間は、小夜の私室の掃除と決めているのだ。
部屋に入ると、机に向かう小夜の背中が見えた。
「あら、小夜様?もしかしてずっと手紙を書いてらしたんですか?」
手にはたきとモップを抱えたまま、ライラは小夜の元に歩み寄る。
振り返った小夜は、席を立ちながら苦笑してみせた。
「ええ、いろいろ悩んじゃって。思いのたけを文章にするのは、私には難しかったみたいです」
言いながら、書き終えたのだろう手紙を封筒の中に入れる。
「そうですか。でもちょっとはすっきりしたんじゃないですか?」
「はい。少し気持ちが楽になったような気がします」
ライラの言葉に、小夜が微笑みを返してきた。
多少は力になれたのかもしれない。
内心安堵していると、小夜が続けた。
「ライラも忙しいのに、私のことに気を留めてくださってありがとうございます。ライラと出会えて、私は本当に幸せ者ですね」
心の底から幸せそうな顔でそんなことを言うのだから、ライラにも込み上げてくるものがあった。
「何言ってるんですか!それは私の台詞ですよ。小夜様みたいに素敵な方に仕えることができて、私のほうこそ毎日幸せ噛みしめてますから!」
前のめりになるライラに、小夜がくすりと笑みをこぼした。
「それじゃあ私たち、幸せ者同士ですね」
きっとこの姫様は、今手の中にある以上のものは望まない人なのだろう。
だからこんなに幸せそうに笑えるのだ。
ライラは自分の手を塞ぐ掃除道具を床に転がすと、勢いよく小夜の肩を掴んで言った。
「小夜様!もっともっと小夜様は幸せになれます!心の底から大笑いしてそれが止まらなくって困るくらい、私が絶対幸せにします!」
目の前の小夜の顔がきょとんとなる。
発言した後で、これじゃあプロポーズみたいじゃないかと軽く赤面するライラに、小夜から声がかかった。
「それじゃあ私も、ライラをもっともっと幸せにできるように頑張ります」
ふわりと柔らかな笑みを浮かべる小夜。
後光が差して見えたと言っても、過言ではないと思う。