ライラがしげしげとそれを見つめながら訊ねてきた。
「誰かからの贈り物ですか?…あ、もしかして」
ネックレスに視線を落としたまま、小夜の顔がふわりと微笑みを浮かべる。
「…不思議ですよね。こうしてると、側にいてもらえてるみたいで落ち着くんです…」
まるでそこに大切な人がいるのだというように、優しい手つきでネックレスを抱く小夜に、ライラが静かな声をかけた。
「小夜様は、今でもその方を思われてるんですね」
さらりと小夜の肩から髪の毛が流れた。
わずかにうつむいた頭の向こうから返事が戻ってくる。
「…はい。きっとこれからも、ずっと…」
正面の鏡に映るのは、寂しそうに微笑む姿だった。
ライラが返す言葉に迷っているうちに、それも明るい笑顔に掻き消されてしまう。
ライラを振り返ると、小夜は無邪気に笑って言った。
「みんなには内緒ですよ?」
「うーん」
ある一室から唸り声が漏れ聞こえた。
それと同時に靴が床を踏みしめる音が続く。
それは侍女であるライラにあてがわれた小さな部屋だった。
小さいとはいえ、ライラが実家で使っていた部屋よりはずっと広く、大きい窓もあって日当たりもいい。
そんな朝の日差しが射し込む爽やかな室内を、先ほどから腕を組んだライラがぐるぐると回っているわけだ。
何かを考えているのか、その表情は珍しく悩ましげだ。
「ううーん」
もう一度唸き声を上げたところで、ライラの足がぴたりと止まった。
口を尖らせ床を睨みつけたまま、何度か大きく頷いて「うんうん」と漏らしている。
考えがまとまったのか、最後に大きく「よし!」と叫ぶと、そのまま彼女は勢いよく部屋を飛び出していった。
まだ相当朝も早い頃のことである。
しんと静まり返った部屋のベッドの上では、あどけない寝顔の小夜がかすかな寝息を立てて眠っていた。
時折その表情がふにゃりと緩むのは、何かいい夢でも見ているからだろうか。
そこに突如、扉を大きく開放して、バタバタとけたたましい足音が静寂を割って入ってきた。
「小夜様!」
頭上から突然名を呼ばれて、小夜は慌てて飛び起きる。
「ふあ、ひゃいっ…!」
あまりの驚きと寝起きのせいで、舌もろくに回っていない様子だが、突然の訪問者ライラはそれを意にも介さない。
勢いよく小夜の肩を掴むと、彼女はその鼻先まで顔を寄せて血気盛んに言い放った。
「私、いいこと思いついたんです!手紙を書いてみませんか!」
目を輝かせて自分の顔を覗き込んでくるライラの迫力に、小夜は寝ぼけまなこで首を頷かせていた。
「…はい。書きます」
一体どこの誰に宛てて何を書けばいいのか、そんな当たり前の疑問が浮かんだ頃には、ライラが鼻歌混じりに便箋の準備をし始めているのだった。
「うーん」
つい朝方どこかで聞いたような呻き声が、今小夜の部屋から聞こえてきた。
もちろんそこに神妙な顔で室内をぐるぐる徘徊するライラの姿はない。
代わりに、机に突っ伏して頭を抱える小夜の背中があった。
「うーん、難しいです…」
目の前の便箋と格闘し始めて早一時が経つ。なかなか右手に握った万年筆のペン先は動かない。
領主たちに向けた書状のときは、あんなにすらすら書けたのにな。
どうしてこうも書く内容に迷ってしまうのか、ライラの言葉を思い出して、小夜の口からため息が漏れた。
『大丈夫!人を伝ってその方にお渡しできるようにしますから、小夜様は思いのたけをこれでもかというくらいに書き綴っちゃってください』
言うは易しだ。
いや、あれほど真っ直ぐなライラなら、言葉のとおり思いのたけを全部文面にしてしまうのかもしれない。
思いを寄せる相手には、どれだけ自分が好きでどうしたいか、ライラなら何の抵抗もなく相手に手紙を通して伝えられるに違いない。