降り注ぐ春の日差しに、手で日よけを作って目を細める。
鼻にどこか懐かしい土の匂いが届いたところで、光の中から誰かの声がトオヤを呼んだ。
「トオヤ様!」
徐々に慣れてきた視界に映ったのは、トオヤが予想もしていない光景だった。
綺麗な青空の下には、城に従事している人間たちが集まっていた。
皆それぞれ色々な道具を手に、地面の土と向き合っている。
おそらく先ほどの声の主だろう、ライラはばつが悪そうにトオヤのほうに顔を向けていた。
そしてその奥、ちょうど一団の中心で体を起こした人物を見て、トオヤは思わず目を見開いていた。
「小夜様!」
呼ばれた小夜がトオヤに気づいて笑顔をこぼす。
「ああ、トオヤ」
無造作に泥だらけの手で頬を拭って顔まで汚れてしまうが、本人は気にならないらしく、楽しげにこちらに駆け寄ってきた。
普段身につけているドレスではなく、以前見た覚えのある旅衣装にブーツという出で立ちだ。
首からはタオルまで下げている。
ここまで見事に王女の気配を消せるものなのかと呆れてしまうほど、目の前に立つ小夜はどこからどう見てもただの田舎娘だった。
「これは一体何事ですか。皆仕事を投げ出してこんなところで何をしているのです」
口調がきつくなってしまうのも構わず、トオヤは眉をひそめて辺りを見回した。
どこにも姿が見えないと思っていた連中は、皆こんな場所で群れをなして土いじりをしていたというわけだ。
呆れてものも言えない。
「いいえ!私が皆さんに声をおかけしたんです」
慌てて答える小夜の言葉に重ねるように、遠くからライラが口を挟んだ。
「はいはーい!私がみんなを巻き込んだんです。畑仕事は大勢でやったほうがずっと楽だし早いでしょ」
言って、腰に手を当て場を取り仕切る女主人のように屈託なく笑ってみせる。
どうやらトオヤたちの声が聞こえていたらしい。
厄介な地獄耳だ。
ライラの言葉どおり、この場にいる全員を巻き込んだのは彼女で間違いないだろう。
だがきっかけがライラにあるとは思えない。
好き好んで土いじりをするタイプには毛頭見えないからだ。
ならば──。
トオヤは答えを求めるように、自分の前で所在なく佇む小夜の顔をじっと見下ろした。
トオヤの視線に気づいた小夜が困ったように笑う。
「ここに花畑を作りたくて私が始めたんです。そうしたらライラが来てくれて、その後皆さんも…」
一瞬押し黙った後、小夜が勢いよく頭を下げた。
「トオヤに声をかけなくてごめんなさい!」
「…は?」
思わず目を白黒させて、トオヤは小夜の後頭部を見つめた。
この姫は何を言っているんだろう。
まさかトオヤが、自分だけ除け者にされたことを怒っているとでも思ったのか。
馬鹿らしい。
そんな幼い理由で、自分は感情を表に出したりはしない。
黙ってその頭を見下ろしていると、小夜が申し訳なさそうに顔を上げて、手に持った鍬を差し出してきた。
「あの…よかったら、一緒に手伝ってもらえませんか?」
窺うような瞳に、一瞬過去の映像がフラッシュバックした。
差し出された鍬。
それを払いのける自分の手。
あのときは死んでもこんなものを握りたくないと拒絶した。
貴族の自分が握るのは剣だけで、鍬でも鋤でもないと。
一呼吸おいて、トオヤは微笑んで小夜から鍬を受け取っていた。
「もちろんお手伝いしますよ。小夜様」
小夜もその返答に安堵したのか、顔をほころばせてトオヤを皆のほうに案内した。
こちらを振り返って嬉しそうに笑う小夜。
これでいい。
今一番大事なのは自らのプライドではなく、彼女の信頼を勝ち取ることなのだから。
今はいくらでも姫の望む紳士でいてやろう。
近い未来、その心の奥深くまで自身をねじ込んで、従順になった彼女を意のままに操るために。
笑みを貼りつけたまま、トオヤは大きく鍬を振り上げた。
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