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第6章
託された思い
見上げた先で、四角く切り取られた空は真っ青に澄み渡っていた。雲一つない気持ちのいい快晴だ。
小夜は腕をまくると「よし!」と大きく気合いの声を上げて、顔を正面に戻す。
眼前には、雑草すらほとんど生えていないひび割れて乾いた地面が広がっていた。
見るからに手入れのされていない荒れた土地だ。
それにも構うことなく、小夜は大きなスコップを抱えてずんずんと前進していった。
ここはマーレン城の中心に位置する中庭。
正方形にくり抜かれた庭は、小夜が幼い頃までは花の咲き誇る見事な花園だったが、戦争により土が荒れてしまった後は長らく放置され、この有り様だ。
そこに今、畑道具をバケツに詰めた小夜が意気揚々と現れたわけである。
小夜は体に合わない大きなスコップを構えると、勢いよく土を掘り返し始めた。
元々土いじりの好きな姫だ。一人で作業するには絶望的な面積の土地を前にしても、その表情は楽しそうに生き生きとしていた。
「ふう」
しばらく土を掘ることに専念していた小夜が、腰を大きく反らして一息ついたときだった。
「小夜様──!」
遠くのほうで、自分の名を呼ぶ聞き慣れた声がした。
「はーい!ここにいます!」
しばらくすると庭の入口である扉の向こうから、ライラの顔がひょこりと覗いた。
「あっ、小夜様!こんなとこにいた!」
パタパタと駆け寄ってきたライラは、小夜の姿を見て不思議そうに首を傾げる。
「ここで何してるんですか?まるで畑仕事してる人みたいな格好ですけど」
思ったことが口に出るのがライラの美点だ。
小夜は笑いをこぼしながら頷いてみせた。
「まさにその通りです。土を耕してお花を植えようと思って」
「えっ!小夜様自ら?」
間を置かず返される。
「駄目ですよ!そんな姿トオヤ様が見たら、また何て言われるか…!小姑みたいにチクチクチクチク文句言ってきますよ、絶対」
眉間に皺を寄せて早口に言い立てるライラの姿がおかしくて笑うと、ライラが口を尖らせて言った。
「もう!笑い事じゃないんですって!」
「ごめんなさい。でも、どうしてもここを昔みたいに綺麗な花畑に戻したいんです。だから今だけ目をつむってもらえませんか?」
両手を胸の前で合わせて言う小夜に、ライラから大きなため息が漏れる。
「こんな広い場所を一人で耕すつもりですか?何ヶ月かかるか分かりませんよ」
「大丈夫です!頑張ります!」
「そうじゃなくって!ここに一人手の空いてるのがいるんですから、遠慮なく使っちゃえばいいじゃないですか」
「えっ?」
目を丸くする小夜に、ライラが歯を見せてにかっと笑ってみせた。
「こう見えて、私も花は好きなんです」
城内を歩いて回りながら、トオヤは首を傾げた。
おかしい。人がいない。
パタパタと騒々しい足音を立てながら走り回る侍女のライラも、警備に来ているはずの町の男たちも、料理長でさえ厨房に姿がない。
不思議に思いながら小夜の私室を覗くと、案の定そこにも姫の姿は見当たらなかった。
「…何かあったかな」
きびすを返して、廊下を足早に進む。
こういうときは大抵、トラブルメーカーのライラが一波乱起こしていたりするのだ。
彼女を侍女にしたのは早まったかもしれないな。
ため息を漏らしながらホールまで出てきたときだった。
風に乗って、大勢の笑い声のようなものがトオヤの耳に届いた。
どこかの窓を開け放しているのだろうか。
振り返った先で、階段下の扉が小さく揺れているのが目に入った。
どうやらそこから風が漏れてきているらしい。
扉を開くと、柔らかな風がトオヤの前髪を揺らして過ぎていった。
真っ直ぐ伸びる白い廊下の先に大きく開いた扉を見つけて、トオヤは躊躇うことなくそちらに向かっていった。