トオヤには悪いことをしてしまった。
応接間のソファをアールに勧めながら、小夜は部屋の扉を閉じて小さく息をついた。
昨夜あれほど心配させまいと決めたはずなのに、早くも失敗だ。
だが、アールが二人で話したいという気持ちも分かる。
他者がいると落ち着いて思い出話もできないということなのだろう。
あとでトオヤにはしっかり謝っておこう。
うん、と大きく頷くと、小夜は気を取り直してアールの向かいのソファに腰かけた。
微笑んでこちらを見つめるアールと視線が合う。
「どうかしましたか?」
「いや、懐かしいなと思ってさ」
小夜は笑みをこぼした。
「そうですね。アールが全然変わってなくて安心しました」
「小夜様はまた綺麗になったんじゃない?」
さらりと褒めてくれる癖も相変わらずで、くすりと笑いをこぼすと「お世辞じゃないよ」とアールが付け加えて笑った。
懐かしい顔を前に、自然と気持ちがほぐれる。
「今日は来てくださってありがとうございます。会えて本当に嬉しいです」
喜びを素直に口にすると、アールも頬を緩ませて頷いてくれた。
それからの時間は小夜の思ったとおり、思い出話が花を咲かせた。
ずっと遠い昔、小夜とアールが婚約者であった頃の些細な出来事や、アールの弟でもある紫音が、兄の話に出てくる女の子に興味を持って会いたがっていたこと等々。
そのすべてが小夜に笑顔をもたらしてくれた。
戻らない遠い日々が、こんなにも愛しく感じられるなんて。
笑いながら、小夜は目尻に浮かんだ涙をそっと拭った。
思い出話は尽きることがない。
アールとしてはほかに聞きたいことも多々あったのだろう。
「久しぶりの城の暮らしはどう?」
ソファに浅く腰かけて、アールが話題を現在に戻した。
昔話に名残惜しさを感じつつ、小夜は答える。
「周りの皆さんが良くしてくださるので、毎日楽しく過ごせてます」
「無理してない?」
思いがけない問いかけに、どきりとした。
「してないですよ。私はこのとおり元気いっぱいです!」
努めて明るく返す。
こんなところで弱音を吐いてアールを困らせたくはない。
彼は人の苦悩まで自分で抱えようとする節があるから。
アールは昔から優しい人だった。
いや、優しすぎる人だった。
幼い小夜を救うために自分の立場も何もかもを投げ打って、手を血で濡らし罪を背負ってしまうほどに。
これ以上彼に何も背負わせたくはない。
「安心してください。こう見えて、ちゃんとしっかり王女の務めを果たしてますから!」
力強く胸を叩いてみせる。
少し話を盛ってしまった気もするが、今はアールを安心させるほうが優先だ。
胸を張る小夜の姿に、アールが困り顔で微笑みを返した。
「でも、城に戻ったって聞いたときは驚いたよ。僕はてっきり、小夜様は外の世界で旅を続けていくんだとばかり思ってたから」
何気なくそう口にして、ふと思い出したようにアールが小夜を見た。
「そういえば、彼は一緒じゃないの?」
彼が誰を指しているのか、小夜にはすぐに分かった。
アールの言葉には何の底意もないと思う。
以前小夜の相棒はアールにこう言っていた。
自分の道は、小夜と歩いている途中だと。
その彼の姿が小夜の隣になければ、疑問に思うのは当然のことだろう。
だが、触れられたくはない部分だった。
思わずアールから視線を逸らして、小夜は膝の上に置いた両手を見つめた。
「彼とは…私がここに戻る前日に、お別れしました。今頃はどこか違う場所を旅されてるんだと思います。彼はトレジャーハンターですから」
そこまで答えて、膝の上の両手を握り締める。
そうだ。
彼はトレジャーハンターで、私は王女。
どこまでもその道は交わらない。