小さく微笑んだと思ったら、トオヤが急にその表情を曇らせて小夜の手元を覗き込んできた。
「それにしても小夜様、あまりご無理が続くと体調を崩してしまいますよ」
「でも、こうしてるほうが落ち着くので。トオヤさんはどうぞお休みになられてください。私は本当に大丈夫ですから」
その言葉に嘘はないつもりだった。
ましてや無理をしているつもりもまったくない。
だからトオヤに対しても、自然に笑顔を返したつもりだった。
口を閉ざしたトオヤが、小夜のほうに近づいてきたのはその直後だった。
尋ねる間もなく肩口から腕が伸びてきて、気づくと背後からトオヤに抱き締められていた。
小夜の耳元でトオヤが声を発する。
「小夜様…私ではあなたのお力になれませんか?どうかお一人で抱え込まないでください。私はあなたの支えになりたいんです」
「あの、トオヤさん…」
「私のこともライラのように、トオヤとお呼びください」
前に回された腕にきつく抱きすくめられて、小夜は返す言葉につまる。
頭の中が混乱していた。
ありがとうと返せばいいのか、大丈夫だからと笑えばいいのか、まったく分からない。
押し黙ったまま固まる小夜から腕を離すと、トオヤは申し訳なさそうに微笑んで言った。
「…あなたに触れたこと、謝罪はしません。側にはいつでも私がいると覚えていてください。必ずあなたの力になりますから…」
唖然とする小夜を残して、トオヤは一礼すると部屋から去っていった。
しんと静まり返った中、いまだ湯気を立てる二つのカップを見つめて小夜は考える。
もしかしたら自分は、トオヤに相当心配をかけているのではないだろうか。
シルドラへの申出について、帰りの馬車内で報告したときのトオヤの顔が思い出された。
やはり彼には事前に相談しておくべきだった。
彼の言うように、自分はもっと周りの人を頼っていいのかもしれない。
それをトオヤは行動をもって伝えようとしてくれたに違いない。
ホットミルクのカップに口をつける。
優しい蜂蜜の甘さに体の芯まで温まる心地がした。
「──姫様!」
声をかけられたのは、小夜が書き終えた書状の配送を頼もうと、トオヤにそれらを手渡しているときのことだった。
振り返ると、警備をしてくれている町の男衆の一人がこちらに駆け寄ってくるところだった。
「お仕事お疲れ様です」
労いの言葉をかける小夜に男は「いや、全然さ」と返した後、本題を切り出してきた。
「ところで今、城門のところに姫様に会いたいって奴が訪ねてきてるんだよ。旅人の恰好をした男なんだが」
その言葉に、小夜の目が大きく見開かれる。
「もしかして…銀髪の男性ですか…?」
声が上擦るのが自分でもよく分かった。
心臓の鼓動が速くなる。
「いや、それがフードをかぶってるからよく分からないんだ。声の感じだと若い男だったけど」
「ありがとうございます…!」
礼だけ告げて、小夜は駆け出していた。
はやる気持ちのままに、何度も転びそうになりながら城門を目指す。
旅人姿の若い男性。
そう聞いて頭に浮かぶのはただ一人だった。
──会いに来てくれたんだ…!
走りながら、涙があふれそうになる。
それを必死に拭うと、小夜はホールの大扉を勢いよく開けて外に躍り出た。
先にそびえる城門の下に、確かにその男性は立っていた。
フードをかぶった背中が視界に映った瞬間、切なさに胸が苦しくなる。
乱れた息もそのままに駆け寄ると、小夜は男性と真正面から対峙した。
「…あのっ」
涙を押し殺して声を押し出す。
心臓はうるさいくらいに早鐘を打っていた。
顔の見えないフードの男性を見上げて、小夜は必死に次の言葉を探す。
話したいことは山ほどあったはずなのに、本人を目の前にするとなかなか言葉が出てこない。
「えっと…お久しぶりです」
間の抜けた挨拶しかできない自分に赤面していると、男性が顔のフードに手をかけた。