第5章

凶 星





目の端にコップが置かれたのに気づいて、小夜は走らせていたペンを止めた。

いつの間にか執務机を挟んだ向こうに、心配そうな表情のライラが佇んでいた。

「小夜様、お仕事のしすぎじゃないですか?まだシルドラから戻ったばかりですし、そろそろ休まれたほうがいいですよ」

寝間着に厚手のストールを肩からかけたライラの姿に、夜も更けていることに気づかされる。
窓の外はすっかり闇に沈んでいた。

「もうちょっとで終わりますから。ありがとうございます」

小さく微笑んで、ライラの入れてくれたカップに手を伸ばす。
口元に運ぶと、湯気に乗ってほんのりとココアの甘い香りがした。
思わず頬が緩む。

「それを飲んだらちゃんと休んでくださいね。女の子が目の下にくまなんか作っちゃ絶対だめですからね!」

立てた人差し指を顔の前で協調して言うライラに、小夜は笑みを漏らしながら頷いてみせた。

それに満足したのか、ライラも「よし!」と大きく頷きを返す。

「それじゃあ、私は先に休みますね」

「はい。おやすみなさい、ライラ」

軽く手を振ってライラの後ろ姿を見送る。

扉が閉められたところで、小夜はふうと息をついた。
机上に広げた書面に目を落とす。

それは以前訪れた町の領主、ヘンネルに宛てたものだった。

帰城の報告を記した取り急ぎの書状はこれで最後だ。

ヘンネルへの書面にはそれ以外に、以前世話になった礼と、シルドラ国王への申出の件についても知らせることにした。

小夜の口から再び息が漏れる。

自分はちゃんと正しい選択ができているのだろうか。

自分の選択一つに、この国の民の生活がかかっているのだ。
間違えることは許されない。

小夜からの申出を、意外そうに聞いていたロキの顔が頭に浮かんだ。

返事は追って連絡するとのことだったが、承諾してもらえるかどうか、百パーセントの自信はない。
そもそもこの申出が、この国の未来にとっていい方向に左右するとも言い切れない。

それでも今は自分の選択を信じるしかないのだ。

首にかけたネックレスに触れると、小夜は大きく深呼吸をした。

「よしっ。もうちょっと」

ペンを握って机に向かおうとしたときだった。
扉がこんこんと小さくノックされた。


あまり時間は経っていないと思うのだが、ライラがしびれを切らして迎えに来たのだろうか。

「はい」と声を返すと、控えめに扉が開かれて予想外の人物が姿を現した。

「あれ?トオヤさん」

思わず目を丸くして出迎える。

こんな夜遅くだ。
てっきり屋敷に戻って休んでいるとばかり思っていたのだが。

トオヤはカップの乗った盆を手に、静かな動作で部屋に入ってきた。

ライラがしていたのと同じ心配そうな顔で小夜の元に近づいてくると、カップを机に置こうとして先客に気づき目を丸くする。

「さっきライラも声をかけに来てくれたんです。トオヤさんもありがとうございます。いただきますね」

温かい気遣いに笑顔を返して、小夜はトオヤからカップを受け取った。

同じように湯気が立っているが、こちらの中身はホットミルクのようだ。

並んだ二つのカップを前に、小夜はふふっと小さく笑みをこぼした。

「私は幸せ者ですね」

正否の分からない思案にばかり暮れていると、こうした思いやりに救われる。
自分を側で見守ってくれる二人の存在は、今の小夜には本当にありがたいものだった。

ただ、あまり心配をかけたくはない。

「あとちょっとで終わりますから、トオヤさんもどうぞ屋敷に戻って休まれてください」

安心させようと笑いかけると、トオヤが首を横に振った。

「いえ、屋敷には戻りません。城の空き部屋を使わせてください。そのほうが小夜様のお側にいられますから」

真剣なトオヤの眼差しに、小夜は目を瞬かせながら首を頷かせる。

「は、はい。どうぞ」

「よかった」


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