「ってことだから、よろしくな!姫様」

にかっと笑って差し出された手を、小夜は両手で握り締めると、深々と頭を下げた。

「皆さん、ありがとうございます…!」



気づけば、昨日まで静まり返って時が止まったようだった城内には、以前のような活気が戻ってきていた。

そこにいるのは皆、見知った町の人間たちだった。
昨日の小夜の演説を聞いて、何かできることがあればと集まってくれたらしい。

人の賑わうホールに立ち尽くす小夜の元に駆けてきたライラが、周囲を見渡してほうと息をついた。

「なんだか、奇跡を見てるみたいですね…」

何気なく呟かれた言葉に、小夜は目を丸くしてライラの顔を見返す。

ちょうど今朝、自分は起きなかった奇跡に落胆したばかりだった。

でも違う場所で、確かに奇跡は起きていたのだ。


「──あらら、小夜様。こういうときこそ笑顔ですよ」

ライラに言われて、小夜は必死に涙を堪えてそれを笑顔に変えた。

こんなに素敵な民に囲まれた王女は、世界中どこを探してもいないんじゃないだろうか。






唖然とした表情のトオヤが現れたのは、小夜が食堂で朝食用のパンのバスケットを用意しているときのことだった。

長テーブルは小夜を始め、城の手伝いに来てくれた町の者たちでほとんどの席が埋まっていた。

小夜の隣でライラが顔を覗かせながら手を振った。

「あ、トオヤ様!おはようございます!」

トオヤは視線を泳がせながら、小夜たちの側まで足早に歩いてきた。

「小夜様、これは一体…」

ライラの挨拶には返すどころではないらしい。
密かに口を尖らせて反論するライラを放って、トオヤの視線は小夜に注がれた。

「皆さん、城のお手伝いに来てくださったんですよ。いろいろと回らないところもあるだろうからって」

笑って答えた後で、思い出したように小夜は食卓の皿を両手で持ち上げた。
皿の上には半月の形にふんわりと膨らんだオムレツが乗っている。

「この朝ごはんも町のコックさんが作ってくださったんです。トオヤさんの分もありますから、みんなで一緒にいただきましょう」

「はあ…」

トオヤは狐につままれたような顔のまま、空いていた小夜の向かいの席についた。

それを確かめて、小夜はテーブルの奥のほうまで見渡して笑顔で言った。

「それでは、いただきます!」






人が散っていった後の食堂には、満腹そうな小夜とライラ、そしてなぜか顔を曇らせたトオヤの三人が残っていた。

「あー美味しかった!」

「幸せな時間でしたね」

ライラに続いて腹をさすりながら小夜が言う。
コルセットのせいで圧迫感はすごいが、これも幸せな苦しみなのだと思うことにした。

満たされた顔で呆ける二人の横で、トオヤだけが怪訝そうな顔を小夜に向けた。

「小夜様、関係ない者を城に入れるのは避けたほうが懸命ではありませんか」

「なぜですか?」

「いくらこの町の人間とは言え、彼らの底意までは私たちにも分かりません。もし反乱分子が紛れ込みでもしていれば、小夜様の身に危険が及ぶ可能性もあるんですよ」

それに対する小夜の答えは一言だった。

「大丈夫ですよ」

小夜はトオヤににっこり笑ってみせる。

「私は町のみんなを信じていますから。トオヤさんも言っていたでしょう?それに反乱が起こったとしても、それは私に国を統べる者として足りない点があったからです」

「だから、命を奪われても仕方がないとおっしゃるんですか?」

眉を寄せて詰め寄るトオヤに、横からライラが口を挟んだ。

「ちょっとトオヤ様!それは言い過ぎですよ!小夜様を怖がらせないでください」

「優しい言葉だけを選んで、それで小夜様のためになるの?何もかもを失ってからじゃ遅いんだよ」

鋭い視線を受けて口をつぐんだライラの代わりに、小夜が二人を順繰りに見て口を開いた。


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