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第4章
若き王の箱庭
目を覚ますと窓の向こうで朝日が昇り始めていた。
早朝のしんと静まり返った空気を感じながら、小夜はベッドから音もなく抜け出した。
ちらと横目に見た窓は開かれた形跡もなく、朝日を浴びるテラスには誰の気配もない。
どうやら奇跡は起きなかったらしい。
小さく息をついて、小夜は寝間着を脱ぎながらクローゼットの扉を開いた。
再びその口からため息が漏れる。
彼女の前には色とりどりのドレスがずらりと整列していた。
この中から果たして何を着ればいいのか。
悩んだ末、小夜は棚の隅に畳んで置かれていた馴染みの服を手に取っていた。
足音をかき鳴らしながら元気よく侍女のライラが入ってきたのは、ちょうど小夜が着替えを終えたときだった。
「小夜様、おはようございます!今日もいい天気ですね」
朝も早いというのにハキハキとした口ぶりで笑顔を見せたライラは、小夜をその視界に認めた途端、体を硬直させた。
「えっ、ちょっと、小夜様…。まさかまた旅に出られちゃうんですか…!」
泣きそうな顔ですがりついてくるライラに、小夜は大きく首を左右に振る。
「そんなことないですよ」
「じゃあどうしてそんな格好してるんですか…!」
ライラの言うそんな格好とは、小夜が旅の道中で着ていた町娘風の服のことである。
小夜は困ったように笑って答えた。
「これなら一人で着れますし…あとすごく動きやすいんですよ!ほらっ」
ジャンプして見せる小夜にライラが言う。
「王女様がそんな動きする必要あります?」
おっしゃる通りの正論だ。
「確かにその格好も可愛らしいですよ。でもこれからはいろんな来客の予定も増えるでしょうし、さすがにそれで出迎えはマズすぎますよ。お手伝いしますから、ドレスに着替えましょ?」
お願いするように両手のひらを合わせるライラに、小夜は仕方なく頷くしかなかった。
とはいえ、久しぶりのドレスだ。
昨日の演説時はカジュアルな型のドレスだったからよかったものの、一年ぶりのコルセットは今の小夜には拷問のようなものだった。
「ライラ…もう、無理かもです…」
背後でコルセットの紐をきつく縛るライラに弱音を吐くが、ライラの手はまったく緩まない。
「もうちょっとの我慢ですよ、小夜様!あと少しで素敵なくびれができますから!」
言いながら思い切りコルセットを締められて、小夜はあばら骨が悲鳴を上げる音を聞いた気がした。
幾度も試練を乗り越えて完成した小夜のドレス姿に、ライラが額の汗を拭いながら満足げに頷いてみせる。
そのライラに促されて全身鏡の前に立つと、鏡の中の自分は若干青ざめて見えた。
「さすがは小夜様。素材がいいとドレスも引き立ちますね。久しぶりにいい仕事した気がします」
小夜とは対照的に、輝く笑顔のライラは達成感に頬を上気させている。
着衣が終わってみれば、多少息苦しさは残るものの、どこか背筋が伸びる感覚に懐かしさを覚えた。
一年前までは自分もこうしてドレスに身を包んで城で生活していたのだ。
ちらりとクローゼットの奥に戻された旅の服を横目で見て、小夜はすぐに鏡の中の自分に視線を戻した。
今日からはこの国唯一の王族として務めが始まる。
気を引き締めていかないと。
鏡に映る自分に言い聞かせて、小夜はライラとともに部屋を後にした。