![](http://static.nanos.jp/upload/r/rita12/mtr/0/0/20200710152416.jpeg)
プロローグ
小夜という少女は、以前までは一国の王女だった。
だが、国を出て共に旅をするようになってからは、ただの少女になった。
果たして俺との旅は、彼女にとってどんな意味があったのだろうか。
今訊ねてみても、その答えは返ってこない。
もう側に彼女はいないのだから。
見上げた空はいつものように青く澄んでいた。
この森をこうして一人で歩くのは、何度目になるだろうか。
木漏れ日の続く小路をのんびり進みながら、朱里は一人苦笑いを漏らした。
「また一人に逆戻りか」
木の葉がサワサワと揺れて、朱里の頬を心地よい風がくすぐっていく。
そのとき、春風に乗って鈴のような声が耳に届いた。
──春ですね、朱里さん。ピクニックでもしてみませんか?
思わず朱里は後ろを振り返っていた。
そこには穏やかな森の景色が広がっているだけで、誰の姿もありはしない。
もちろん、自分に笑いかけてくる少女の姿もない。
本当に未練がましいな。
自嘲すると、朱里は再び森を歩き出す。
背後のマーレンの町を振り返ることは、もうなかった。