小夜の私室に戻ると、ライラは意気揚々とクローゼットに大股で向かっていく。
「実はうちの家、衣装屋を営んでまして」
口を動かしながら素早い動きでクローゼットの中を漁るその姿は、水を得た魚のように生き生きとしていた。
しかし小夜の昔の記憶では、クローゼット内には数点のドレスがあるくらいで、ほぼ中はスカスカの状態のはずだった。
そのときの侍女には、こんなに立派なクローゼットなのに中身がこれでは宝の持ち腐れですよ、とまで言われたほどだ。
小夜自身、着飾ることにまったくと言っていいほど無頓着だったため、当時も適当に流していた。
服を買うよりも、町に出てお気に入りの店でお菓子やパンを買うほうがずっと好きだったのだ。
ところが、今ライラが開け放ったクローゼットの中はどうだろう。
自分では覚えのないドレスやネックレス、帽子で溢れ返っていた。
それを先ほどからライラが忙しい様子で、ああでもないこうでもないと言いながら探っている。
「あの、ライラさん。そのドレスは」
声をかけるのを躊躇うほどドレス選びに余念がないライラに、小夜は恐る恐る後ろから尋ねる。
ライラは小夜に背を向けたまま答えた。
「うちの店からいろいろ見繕ってきたんですよ。あっ、こんなのはどうですか?」
振り返ったその手には、思わず目を瞬かせてしまうくらい色鮮やかな真紅のドレスが握られていた。
それを小夜の前身頃に合わせて、ライラはうーんと首を捻ってみせる。
「これは舞踏会向きかな。だったら、これ!」
次々と自分の前に差し出されていくドレスにされるがままになりながら、小夜は眩しそうにライラの姿を眺めていた。
同じ年頃の女の子って、本当ならこんなふうにお洒落に夢中になってキラキラ輝いてるものなんだな。
ふと、自分を呆れ顔で見下ろす青年の姿を思い出した。
“お前もう少し自分の恰好くらい気にしろよ”
言いながら、彼も今のライラのように、真剣に自分の洋服を選んでくれてたっけ。
普段身に着ける服はすべて、彼が悩みに悩み抜いて買ってくれたものばかりだった。
「あれ、姫様。このドレスがお気に召しました?」
前でライラが自分の顔を覗き込んできたのに気づいて、小夜は慌てて意識を現実に戻した。
「えっと…」
気づかないうちに、また違うドレスが自分の前身にあてがわれている。
「そんなに嬉しそうに笑われてるんですもの。今回の晴れ舞台はこのドレスでいきましょう」
ライラがドレスと小夜を見比べて大きく頷いた。
「うん、ばっちり!」
にかっと歯を見せて笑うライラに釣られて、小夜も思わず表情を和らげたのだった。
城前広場にはたくさんの人が集まっていた。
皆この町に暮らす民たちだ。
マーレン城の門前に設けられた城前広場は、本来なら他国から赴いた商人たちに解放され、賑わいを見せる市場の役目を担っていた。
しかし一年前の襲撃で多大な被害を受け、今となっては何にも活用されることなくただの開けた空き地となっていた。
そこに今、群衆が城門の側の壇上を囲うようにして集まっていた。
これは小夜がトオヤに頼んで用意してもらった臨時の舞台だった。
どんどんと広場の人口が増えてくる中、門の奥からライラが顔をひょっこり覗かせた。
「みんな来てくれたみたいですよ、姫様」
笑顔で振り返った先には、胸の前で両手を握り締めてじっとそれを見つめる小夜の姿があった。
その顔は緊張をはらんで強張っている。
ライラの言葉にも気づかない様子の小夜の肩に、ぽんと誰かの手が触れた。
小夜はびくりと体を揺らす。
「小夜様、そろそろまいりましょう」
見上げると、トオヤが微笑んで小夜を見ていた。
彼は普段通り穏やかな双眸のまま、視線を門の外へと転じた。
「大丈夫。上手く話そうとする必要なんてありません。小夜様は小夜様の伝えたいことを、どんな言葉でもいいから口にすればいいんです。きっと皆、分かってくれます。何せ、ここにいるのは皆あなたの民なのですから。彼らを信じてください」