辺りを舞う風に、髪の毛がなびいては戻るのを繰り返す。
顔にかかる髪を手で避けながら、小夜は一歩ずつ足を前に踏み出した。
欄干に両手を預け、ゆっくりと顔を正面に向ける。
雲ひとつない青空が視界に飛び込んできた。
そして。
その眼下には、小夜が幼い頃からずっと慣れ親しんできた町の景色が色鮮やかに広がっていた。
小夜は町を見下ろして一人立ち尽くす。
この下に自分を待ってくれている人がいる。
いつ戻るか知れない自分のために、身を粉にしてこの城を立て直してくれた人たちがいる。
色を失っていた視界が、次第に色を取り戻していくのが分かった。
「…ライラさん」
「はい?」
小夜の背後、テラスの入口に控えているだろうライラからすぐに返答があった。
小夜はライラに背を向けたまま口を開く。
「戻ってくるのが遅くなって、すみませんでした」
「そんな。私もお城に来たのはちょっと前だし、全然気にしないでください」
明るい声が返ってきて、小夜は思わず首を左右に振っていた。
小夜がこの国を出てから一年。
その間、この国はずっと王の不在という不安定な状況に立たされていた。
トオヤの話のとおりなら、隣国からの干渉にも怯えていただろう。
残された者からすれば、それは決して短い時間ではなかったはずだった。
すべては、この国唯一の王位継承者である小夜が、突如姿を消してしまったがために。
「逃げ出してしまってごめんなさい」
ぽつりと呟かれた小さな声は、風に乗って誰に届くことなく雑音に紛れて消えた。
この景色を一望してようやく、小夜は気づいた。
ここが、私の帰らなくちゃいけない場所だったんだ。
一陣の風が、小夜を鼓舞するように全身を駆け抜けていった。
小夜は真っ直ぐに町の全景を見つめる。
もう悲しむのはやめにしよう。
向き合おう。
ちゃんと、この国と。
父の愛したマーレン国を、この手で守っていけるように。
「姫様?」
振り返った先で、小夜は微笑みを浮かべた。
背後に昇った太陽が、まるで頭に戴いたティアラのようにその頭上で輝きを放っていた。
「トオヤさん。お願いがあるんですが」
廊下で合流したトオヤにそう切り出すと、小夜は城に戻った自分が今一番にすべきことを懸命に説明した。
その間トオヤは合いの手を入れることもなく、真剣な顔で聞いてくれていた。
なんとか慣れない話を終えた小夜は、窺うようにトオヤを見る。
彼はしばし小夜の話を吟味するように視線を落としていたが、すぐに快諾してくれた。
「分かりました。では私は皆に声をかけてまいります」
小夜はほっと息をつく。
「ありがとうございます」
立ち去るトオヤの後ろ姿を見送る小夜の背後から、そのとき声がかけられた。
すぐ脇に控えていた侍女のライラだ。
「話は分かりました。そういうことなら、姫様」
神妙そうな面持ちで頷いた後、ライラは普段以上に目を爛々と輝かせて言った。
「こちらも準備に取りかかるとしますか」
「準備?」
目を丸くする小夜の爪先から頭の天辺までを観察して、ライラがニヤリと歯を見せて笑う。
「これは腕が鳴りそうですね」
小夜はただただ首を傾げるばかりだった。