***



陽の射し込まない牢の中、トオヤは一人立ち尽くしていた。
脳裏には先ほどからずっと、ロキの言葉が延々と繰り返されている。

トオヤの夢を叶えることが、自分たちのささやかな夢。

そう告げた義父たちはもうこの世にいない。
自分がこの手ですべて奪ってしまったから。

暗闇の中広げた両手には、あのとき彼らの肉を断った感触がまだ残っていた。

それだけではない。
彼らの亡骸を引きずって屋敷裏の池に放ったときの感覚もある。
小さな弟の体は、ひどく柔らかで温かかった。

生々しい記憶に喉の奥から吐き気がこみ上げてきて、とっさに手で口を覆う。

トオヤはそのまま地面に膝をついた。


あの男の言うとおり、この世界はまるで地獄だ。


何も気づかないまま、見ないまま、ただひたすらに夢を追ってきた。

貴族の身分を取り戻し、もう一度自分の城を手に入れる。

盲目的に目指していたそんな夢でさえ、本来の夢から外れていると気づきもしないで。


記憶の中で鮮やかに色づき続けるのは、赤い屋根の城にいつも笑顔の明るい家族。
そんな自分たちを取り囲むように町の民も親しげに笑っている。

そんな日々がトオヤには当たり前にある幸せだった。

だからこそそれが突然失われたとき、目の前が真っ暗になった。目指すべき方角も何も見えず怖くなった。

すべてを失った後、父が泣き言の一つも言わず剣を鍬に持ち替えて畑を耕す理由も、母が笑顔を絶やさず具の少ないスープを差し出す理由も、本当は分かっていた。

それなのに父を支えることも、母を励ますこともせず、自分の無力さから目を逸らし両親を情けないと責めた。

とにかく自分の幼い自尊心を守ることに必死だった。

何より大切だったはずの家族を軽んじるようになったのは、その頃からだろう。
夢もそのとき差し替えられたに違いない。


大事なものは城でも身分でもなかった。

必死に努力して守らなければならないものは、もっとほかにあった。

本当は分かっていたのに、どうして目を逸らしてしまったんだろう。

何より大切なのは、父がいて母がいて弟がいる場所。
家族がそろっていれば、それだけでよかったのに。


結局自分は自らの手で夢を終わらせた。
もう二度と思い描いた夢が叶うことはない。

この世界を地獄に変えたのは自分自身だ。


脳裏に血の海の中、こちらに向かって謝り続ける弟の姿が甦った。

再びこみ上げてきた吐き気に耐えてうずくまる。
まぶたの縁にたまった涙が、冷たい地面にぼたぼた音を立ててこぼれた。


城を逃げ出してきた幼い日の夜のように、目の前は真っ暗で何も見えなかった。

大丈夫だと慰めてくれる力強い父も、そっと背中をさすってくれる優しい母も、すり寄ってくる懐っこい弟も、誰もいない。

押しつぶされそうな闇の中、トオヤはうずくまって自身の愚かさと後悔に背中を震わせる。

終わりの見えない闇の中、彼はどこまでも独りきりだった。


****



馬車を下りた途端、空気が熱を帯びているのに気づいて、アールは空を見上げた。

いつの間にか季節は変わっていたらしい。空の色は鮮やかさを増し、街路樹の緑は一段と青く色づいている。

トオヤの引き起こした一連の騒動が終息してから、早数ヶ月の時が経っていた。

積乱雲の湧き上がる青空から前にそびえる白亜の城に視線を戻して、アールは小さく息をついた。

こうしてマーレン城を訪ねてくるのも何度目になるか知れない。

軽やかな鳴き声とともに羽ばたいていく白い鳥を目で追った先には、今も閉め切られたままのテラスの窓があった。

この数ヶ月、あの窓が開かれるのを目にしたことは一度もない。

自然と漏れたため息に、首を横に振る。

自分まで沈んでしまってどうする。

意識して口元に笑みを浮かべると、アールは慣れた足取りで城の大扉をくぐり抜けた。




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