涙の溜まった目で首を横に振ると、小夜はさらに強く朱里の手を握り締めた。
「…こんなの駄目…駄目ですよ…。やっと会えたんじゃないですか…。それなのに、どうしてこんなことになっちゃうんですか…」
すぐ側にいるはずなのに、こうして触れることだってできるのに、どうしてこんなに彼は遠いんだろう。
ぼやけた視界の中で横たわる朱里に顔を寄せて、小夜は必死に呼びかける。
「…朱里さんにお話したいこと、いっぱい…いっぱいあるんです。一緒に見たい景色だって、たくさん…。だから、朱里さん…お願いだから、私を置いていかないでください…」
それは届くことのない儚い願いだった。
目覚めることのない朱里の頬を、場違いに穏やかな春風がそよと撫でて通り過ぎていった。
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