青い双眸をトオヤに湛えたまま、ロキが告げた。
「血の滲むような努力と言ったな。お前こそ、王族に生まれた者の苦しみが分かるか。剣術、勉学、あらゆる芸事に所作立ち振る舞い。それらすべてが王族は他より秀でていて当然のこと。だがもちろん、生まれながらにすべてを兼ね揃えている者などいない。俺も、そこに立つ小夜姫も、お前の言う血の滲む努力を影で繰り返しながら、表では笑っていなければならないだけだ。お前のように努力を誇示して喚くことさえ、俺たち王族には許されないんだよ」
地面に投げ出されたトオヤの剣をちらりと見て、ロキが続ける。
「お前の努力とやらは所詮そんなものだ。何の覚悟も責任も伴わない、お遊びの剣だよ」
歯を食いしばったトオヤが、負けを認めるかのようにがっくりと頭を落とした。
ロキの圧倒的な勝利だった。
トオヤから小夜に視線を転じると、ロキは小さく頭をうなずかせてみせた。
小夜もうなずきを返して、ロキの隣に立つ。
「多少出しゃばりすぎたか」
「いいえ、感謝します」
アールが隣に並ぶのに気づいて、「アールも」と付け加えて微笑むと、小夜は改めて地面に座り込んだままのトオヤに顔を向けた。
出会った当初の面影は、もうそこにはない。
穏やかに微笑む兄のようだった彼は、今や屈辱と夢が破れた無念の思いで暗く沈んでいた。
自分に向けられた笑顔のすべてが嘘だったとは思いたくない。
彼の助言に何度も助けてもらったのは事実だ。
けれど。
うつむいたトオヤの背後に視線を移すと、そこにはこちらを見守るたくさんの民の姿があった。
小夜は王女だ。
何よりも守っていかなければならないのは、この国に暮らす民の幸せ。
それを少しでも脅かす可能性があるものは遠ざけなければならない。
それが、この国の王女として生まれた自分の役目なのだから。
真っ直ぐにトオヤを見つめると、小夜は迷うことなく口を開いた。
「──トオヤ。マーレン国次期女王として、あなたに永久的な国外追放を命じます。二度とこの地を踏むことは許しません」
辺りに力強い宣言が響いた。
脇に二国の王を従え凛と佇む小夜の姿は、まさしく女王以外の何者でもなかった。
初めは小波のようだった民衆の声が、次第に熱を帯びて大きく唸りを上げていく。
「小夜女王、万歳!」
広場中に広がる祝福の声に、当の小夜ははにかんで返すと、側に立つ二人の王の顔を見上げて笑顔を浮かべた。
「ハッピーエンドだな」
「君が言うとなんだか嘘くさいけどね」
アールの言葉にもロキは気付かぬふりで、しれっと笑ってみせる。
どうやらこの二人は想像以上に仲がいいみたいだ、と小夜が破顔したときだった。
「──兄さん!」
群衆の中から一人の少年が、トオヤのほうに駆け寄っていくのが見えた。
壇上で三人の人間が笑っている。
本当なら、あそこでああして笑うのは自分のはずだった。
間違ってもこんなところで惨めに一人、敗北を噛み締めて座り込んでいるはずではなかった。
一体どこが間違っていたんだろう。どうして自分がこんな目に遭わなければならないんだろうか。
ぼんやりとトオヤが空っぽの両手を見つめて自問していると、覚えのある声が聞こえてきた。
「兄さん!」
それが自分のことを呼んでいるのだと気づいたのは、肩を揺すられたときだった。
視線を上げると、こちらを心配そうに覗き込む金髪の少年の顔があった。
誰だっけと考えているうちに、再び少年がトオヤを「兄さん」と呼んだ。