初めから分かっていた。

この旅を始めたときから、いつか終わりが来ることは分かっていた。
だから、覚悟もしていたはずだった。

大丈夫。分かっていたことだ。
大丈夫…。


扉の前に立って、小夜は深々と頭を下げる。
すぐ前では、朱里がこちらを見ているはずだった。

頭を下ろしたまま、小夜はなんとか言葉を押し出した。

「…今まで、お世話になりました」

最後のほうは自分でも分かるくらい声が震えていた。

これが最後だ。

小夜は頭を下げたまま、次に続く言葉を探した。
けれど、何も見つからない。
何か言わないといけないことがあるはずなのに、何も出てこない。

「俺のほうこそ」

頭上から朱里の声がした。
いつも聞いている、大好きな声だった。

「元気でな」

そう言われた途端に、また涙腺が緩むのが分かった。
顔を上げられない。


笑え。笑え。

小夜は強く唇を噛み締める。

朱里を困らせないように、今自分にできうる限り、最大の笑顔で。


顔を上げて、小夜はにっこり口元を持ち上げて微笑んでみせた。

「──朱里さんもお元気で」


笑えば幸せになれるなんて、大嘘だった。


そのまま朱里に背を向けて扉のノブを握った頃には、視界がぼやけ始めていた。

だから、後ろから腕が伸びてきて抱きすくめられたのにも、すぐには反応できなかった。
痛いくらいに強く抱き締められたと思ったときには、朱里の体は引き剥がされていた。

思わず振り返ろうとしたが、それは許されなかった。

小夜の体を部屋の外に押し出して、その扉は容赦なく閉ざされた。


呆然と小夜は扉の前で立ち尽くす。

きっと、どれだけ待っても、この扉が開くことはないのだろう。


──こんな、終わり方なんだ。


視線を彷徨わせたまま、小夜はその場にしゃがみ込んでいた。

朱里の名残を求めて両肩を抱いてみたが、そんなものはもうどこにもなかった。




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