一陣の風が空を裂いて、一本の剣が処刑台の柱に突き立てられた。

断頭刃と噛み合い、激しい金属音が周囲の空気を震わせる。


その場にいる誰一人として、何が起きたのか理解できた者はいないだろう。
誰もが身動き一つ取れずに、突如処刑を妨げた剣に視線を奪われていた。


静寂の中、それを打ち破るようにして響いてきたのは、誰かの靴音だった。


「ずいぶんと悪趣味な舞台だな」


聞き覚えのある声と燃えるように鮮やかな赤髪を視界に捉えて、小夜は顔をくしゃくしゃにしてその人の名を口にする。

「…ロキ様…!」

肩に羽織った上着がふわりと揺れる。

群衆が避けて生まれた道を颯爽と現れたのは、シルドラ王ロキだった。


ロキは右肩を回しながら、広場に集まった民衆と、次いで壇上に視線を向けると、

「婚約者が目覚めたと聞いて見舞いにやって来たのだが、これは一体どういうことだろうな」

問うように青い瞳でトオヤを射抜いた。

さすがのトオヤもロキの登場は予測すらしていなかったに違いない。歯がゆそうに顔を歪めたきり、言葉も出てこない。

それを横目に、小夜は改めて処刑台の朱里に目を向けた。


…生きてる。


思わず全身から力が抜ける。


地面に倒れたまま涙ぐむ小夜の眼前に、そのとき誰かの手が差し出された。

見上げれば、穏やかな瞳がこちらを見下ろして立っていた。

「小夜様、遅くなってごめんね」

そう言って優しく微笑んだのは、アールだった。

見慣れない姿をしてはいるが、確かに彼だ。

「アール…」

どうしてここに?と尋ねようとした小夜の後ろから、今度はバタバタとけたたましい足音が鳴り響いた。

一目散に処刑台の朱里の元へ駆けていくのはライラだ。

「もう!こんな無茶して!」

怒っているようにも安堵しているようにも見える顔で、朱里の拘束を手早く解いていく。

小夜が見守る中、朱里はライラの肩を借りて、なんとか立ち上がったようだった。

「間に合ったみたいでよかった」

小夜の手を取りながら、アールが朱里のほうに小さな笑みをこぼした。小夜の口元にも安堵の笑みが浮かぶ。


それまで一人きりでトオヤと対峙していた心細さが嘘のようだった。

アールにライラ、そしてロキ。
階下を振り返ればトールと視線が合う。

こちらに穏やかな微笑みを向けるその顔を見て、小夜はトールの言葉を思い出した。

“あなたは一人ではありません。助けになりたい者たちが、あなたの周りにはたくさんいるはずです”


本当にそのとおりだ。

視線を壇上の下に落とせば、多くの民衆がこちらを見守るように立っていた。

私はこんなにもたくさんの人たちに支えられている。
一人で立っているわけじゃない。

自然と言葉が口をついて出ていた。

「みんな…ありがとう」

果たしてどこまでその声は届いていたのだろうか。

隣でアールがにっこり笑い返してくれるのと、民衆の最前列に立つ人々が少しこそばゆそうに歯を見せて笑うのが見えて、なんだか泣きそうになった。


壇上に上がってきたロキが、奥でライラの肩を借りて立つ朱里を一瞥して言う。

「無様な格好だな、セバスチャン」

「うっせえ、言ってろ…」

からかい調子で笑うロキに、朱里が小さく笑いを返したのに、小夜はほっと息をついた。

顔色はいまだに良くないが、大きな怪我はしていないのだろう。

本当はすぐにでも駆け出してライラに代わりたかったが、まだそれはできない。

小夜の視線の先には、一人足元を睨みつけたまま動かないトオヤの姿があった。


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