トオヤは煩わしそうに顔を歪めた後、吐き捨てるように笑ってみせた。

「平気ですよ。昔からずっと私は一人です。今さら寂しく思うことも、人恋しくなることもありません。あなたのように、思い出にすがって泣きじゃくることもね」

含みのある言い方は、明らかに小夜への侮蔑が込められていた。

「かわいそうに」

そう言い置いて、トオヤが続ける。

「父上も母上も、大好きな相棒の彼ですら、あなたの側を去っていった。挙げ句こんなところで一人、民に頭まで下げて泣きついて。あなたのほうこそ、追い詰められて自分を見失っているのでは?」

口を大きく横に裂いて笑うトオヤの姿を、小夜は黙って見つめていた。

ここで反応を返せば彼の思惑通りなのは分かっていた。

ドレスの横に流したこぶしを強く握り締める。

胸がじくじくと痛みを訴えても、目の奥が熱くなってきても、歯を食いしばって耐えるしかない。


どんなに言葉を尽くしても、目の前に立つこの人には何も伝わらないのだ。

トオヤの意志は、小夜の拙い言葉くらいでは変わらない。

自分の無力さに悔し涙が込み上げてくる。

やっぱり、私一人の力じゃどうにもならない。

笑うトオヤの奥でうなだれる朱里の姿を、歪んだ視界に入れたときだった。


「いいかげんにしなよ」

突如、女性の声が大きく響いた。

壇上の前に集まった群衆の中から、見覚えのある女性が人をかき分けながら進み出てくる。

その姿に、小夜は涙の溜まった目を大きく見開いた。

「これ以上は聞いてられない」

顔をしかめてそう吐き捨てたのは、小夜のよく知るパン屋の女主人だった。以前朱里を紹介した、恰幅のいい中年の女性だ。


女主人はトオヤに真っ直ぐ視線を向けたまま口を開いた。

「あんたがこの町の復興のために尽力してくれたのは感謝してる。本当に頭が上がらないくらいにね」

そこまで言うと、女主人はちらりと小夜を見た後、再度トオヤに険しい顔を向けた。

「けど、今回のことはまったくの別物だ。姫様をこれ以上侮辱するなら、あたしたちが黙っちゃいないよ」

その言葉に、何人かの頭が大きくうなずいてみせるのが、壇上の小夜からも見えた。

トオヤの応えを待たず、女主人は続ける。

「あんたが罪人だって言うその人は、父さんも母さんも亡くした姫様がようやく見つけた大事な人じゃないか。それをあんたは奪おうって言うのかい?姫様をまた一人きりにさせようって言うのかい?」

そこまで告げて言葉に詰まったところに、群衆の中から声が上がった。

「俺たちは姫様に、この国のためにすべてを捧げてくれだなんて望んでないんだよ。この町の人間は姫様が小さい頃からずっと見守ってきた。自分の娘みたいに思ってるのは、きっと俺だけじゃないはずだ。そんな姫様が一度は国のためにハンガルに嫁いだ。母上を奪った国に嫁ぐのがどれほど辛いことだったか、俺たちにだって想像できる」

わずかな間の後、再び声が続けた。

「俺たちが望むのは、姫様の幸せだけだ。これ以上この国のため、俺たちのために何も犠牲になんかしなくていいんだ」

どこから声が聞こえているのかは分からない。

それでもその声が言わんとしていることは、小夜にもしっかりと届いていた。

「姫様」

呼ばれて視線を向けた先で、群衆の前に立つ女主人がにっこりと笑う。

「泣かなくていいんだよ。あたしたちはみんな、これまでもこれからも姫様の味方だからね。何も心配はいらないよ」

その言葉に、背後の民衆が大きくうなずいて同意する。


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