「私はまだ、皆さんにお話していないことがあります」

自分を見上げる民に向けて、小夜は言葉を紡ぐ。

もう恐れたりしない。
彼を失う以上に怖いことなんて、あるはずがない。

「私が城を出るきっかけは、彼…朱里さんとの出会いでした」

何もかも明かそう。

どれだけ自分が強欲な人間で、本当の罪人が誰なのかを。

静寂が満ちる中、小夜は真っ直ぐに前を見つめて話し始めた。

朱里と初めて出会ったあの夜のこと。
旅に同行させてほしいとお願いしたこと。

そして。

「なぜ初めて会ったばかりの彼にそんなことを望んだのか…」

そこまで告げて、小夜は唇をぎゅっと噛み締めた。

「…それは、私が彼に心惹かれたからです」

広場にはどこまでも沈黙が続いていた。おそらく皆、小夜の言葉に集中しているのだろう。

胸の動悸を治めるため一呼吸おくと、小夜は改めて先を続けた。

「言葉を交わしたわけでも、彼の何かを知っているわけでもありません。それでも、この人と一緒に行きたいと、そう強く願ってしまいました。王女という立場で、自分の気持ちを優先するのがどれほど無責任なことかは分かっています。それでも私は、彼の側にいられる道を選んだんです」

後悔なんてしていない。
もう一度過去をやり直すことができたとしても、きっと自分は同じように彼の胸に飛び込んだだろう。
彼の相棒であることを望んだはずだ。

「世界中を彼と旅していくうちに、王女である自覚は徐々に薄れていきました。彼が私を小夜と呼ぶ度、何気なく笑いかけてもらえる度、このままでいいんだって言ってもらえているような気がして…。王女扱いも特別扱いもしない自然体の彼の側で、気づけば私は何者でもないただの小夜になっていたんです。同世代の普通の女の子みたいに、人を好きになって、その人の隣にいられるだけで泣きたくなるくらい幸せで…」

それが小夜にとってはどれほど奇跡に近いことだったか。

王女らしくある必要も、周囲の目を気にして微笑み続ける必要もない。気持ちのままに泣き、怒り、自分の感情をありのままに出す。
そんな当たり前の自由を、朱里に出会って初めて知った。

「彼の隣は世界中のどこよりも居心地がよくて、温かい場所でした。いつの間にか、このままずっと側にいれたらなんて、不相応な夢まで見るようになっていました。…それが叶うことはないと分かったのは、つい最近、彼とお別れしたときのことです。欠けてしまった穴を埋めるように、私は新しい夢を見ることにしました。国のため、皆さんのため…そんな聞こえのいい理由を並べて、必死に自分を慰めていたんです。彼は、私にとってかけがえのない大切な人でした…。そんな彼と離れた辛さをごまかすように、私は王女の務めに集中しました」

寝る間も惜しんで執務室にこもり、ペンを走らせ続けた。ロキからの結婚の申出も受けようと決めた。

すべては国のため。民の幸せのため。

本当は、何より自分が救われたかっただけなのに。

「国のことだけ考えていれば、いつかこの痛みも消えてなくなる。…でも、そんなことはありませんでした。どれだけ仕事に没頭しても、私の中にある彼への想いは少しも変わりませんでした。私は今も、朱里さんのことが大好きです。きっとこの先も、命が尽きる瞬間まで、彼を想い続けるでしょう。私を信じてくれていた皆さんを、こんな形で失望させてしまってごめんなさい。でも…これが本当の私なんです」

そこまで告げると、民衆が見ている前で、小夜はその場に両膝をついた。

周囲がざわつく中、両手を地面にそろえる。

「…罰を受けるべきは、彼ではなく私です。彼は私のわがままを聞いてくれていただけ…悪いのは全部私なんです」

そのまま深々と頭を地面に下げて、小夜は懇願するように声を絞り出した。

「どんな罰でも甘んじて受け入れます。ですからどうか、彼は解放してあげてください…!」

自分でもひどく稚拙なことを口にしているのは分かっていた。

どうすれば朱里を救えるのか。
どれだけ必死に考えても、小夜にはひたすら頭を下げて命乞いをするしか術がない。

「お願いしますっ…」

何度目かの懇願をして額を地面にすりつけたときだった。

「…俺だって同罪だよ…」

呟くような声が耳に入った。

顔を横に向けた小夜の視線の先には、うなだれたままの朱里がいた。

その唇が小さく動く。

「…お前と同じように、俺もお前を手離したくなかった。ずっと俺の相棒でいてほしかった…。王女扱いしなかったんじゃない…できなかったんだ。馴れ馴れしく呼び捨てして、頭を小突いて…そうやってお前はただの俺の相棒なんだってごまかして…。俺はずっと、お前が王女だってことから逃げてただけなんだ…」

最後に「ごめん…」とだけ呟いて、それきり朱里の口は閉ざされた。

髪に隠れた横顔は、今どんな顔をしているのか。

「朱里さん…」

小夜が朱里のほうを見つめたとき、その視線を遮るようにトオヤが小夜の横に立ち塞がった。


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