城前広場には多くの人の姿があった。
城壁に沿って設けられた壇上を囲うようにして、町の民が集まってきているのだ。
間違っても祭が催されているわけでないことは、不安げな民の顔を見れば一目瞭然だった。
何度も転びそうになりながら、小夜は一点を見つめたまま駆けていく。
その視線の先には、壇上に立つトオヤの背中があった。
「トオヤ!」
群衆のざわめきの中、声を張り上げた小夜に気づいてトオヤが背後を振り返った。
同時に、彼の奥に隠れていた器具が姿を現す。
瞬間、心臓に杭を穿たれたかのような衝撃が胸を襲った。
大きく見開かれた彼女の視界に映っていたのは、不吉な予感が確かな形で具現化したものだった。
唖然と立ち尽くす小夜に、壇上から声がかかる。
「ああ。目を覚まされたんですか」
さして興味もなさそうに言うトオヤを睨みつけると、小夜は怒りを押し殺して尋ねた。
「…何をしているんですか」
返事の代わりにトオヤが小さく微笑んだ。
何も知らない以前までなら、信頼できる優しい笑顔に見えたのかもしれない。
でも、今は違う。
その穏やかな表情の裏に隠された残酷さが、今の小夜にははっきりと見えていた。
この人は、自分の野心のためなら簡単に人を犠牲にできる人。
きっとこの人にとっては、自分以外の人の命なんて、そこら辺に転がる石ころと変わらないんだ。
ドレスを強く握り締め唇を噛み締めると、小夜は大きく前に進み出た。何か掴んでいないと、怒りで全身が震えてしまいそうだった。
壇上へ続く階段に足を乗せたところで警備の男に制止されたが、その手を押しのけ構わず上がる。
壇上には、小夜を出迎えるようにしてトオヤが静かに佇んでいた。
「トオヤ、答えなさい」
微笑むトオヤを真っ直ぐ睨みつけて、再度尋ねる。
「私の町で何をしようとしているんですか」
小夜の問いに、トオヤが困ったように肩をすくめた。
「何って、罪人の処刑ですよ。我らが姫をそそのかし、誘拐した罪で、今からこの男を斬首に処するところです」
すらすらと流暢に話すトオヤの背後には、彼の言葉を裏付けるように小夜には馴染みのない物々しい器具が設置されていた。
それがどういう物なのかは、いくら常識に疎い小夜でも知っている。
震える唇を強く引き結んで、小夜はその器具の下方に視線を向けた。
今そこにいるのは、小夜がずっと再会を願っていた相棒の、変わり果てた姿だった。
地面に力なく膝をつき、首を断頭台の穴に固定されてうなだれる朱里の横顔は、ぞっとするほどに青白く血の気がない。
膝の前に投げ出された両手には、ライラと同じような枷がはめられ、完全に朱里の自由を奪っていた。
ひどい。こんな仕打ちをするなんて。
睨みつけた先でトオヤがにっこりと微笑むのを見て、小夜は顔が熱くなるのを感じた。
「すぐに彼を解放しなさい!」
トオヤはこの状況を楽しんでいるのだろうか。人の命を弄んで、まるで見せしめのようなことまでして。
強い視線を注ぐ小夜に対して、トオヤは落ち着き払った態度で告げた。
「何をおっしゃってるんですか。罪人を野放しにはできませんよ」
何がおかしいのか、せせら笑いすら漏らす。
「彼のどこが罪人なんですか!」
叫ぶと、小夜は詰め寄るように前に出た。が、すぐにトオヤの側に控えていた警備の男に押さえ込まれてしまった。
「姫様!落ち着いて!」
なだめようとする男の腕の中で抵抗しながら、小夜は続けて叫ぶ。
「今すぐ彼を離しなさい!彼は罪人なんかじゃない!」
静まり返った広場にその声が大きく響いたときだった。