「餌はたった一つでいいんだ。分かりやすいみんなの敵を与えてやれば、それだけでこの場の全員が、それを排除しようと団結する。何をもって敵なのか、そもそも自分たちに関係あるのかないのか、そんなのはどうだっていいんだよ。変な話、敵は生まれたての赤ん坊でも、寝たきりの老人でも何だっていい。みんなが敵と決めたのなら、それが正解で正義になる。あっという間に群衆と言う名の、獰猛な獣の群れの完成さ」

そしてそこに放り込まれる兎が、自分ということか。

朱里がトオヤに目を留めたまま押し黙っていると、突然こちらにその顔がぐるりと向けられた。

爬虫類を思わせる瞳が、真正面から朱里を捉える。

「君のことは、初めて会ったときから目障りで仕方なかったんだ」

指先で肩口を軽く押されて、思わず後ろによろめくと、それがおかしかったのか、トオヤの目がきゅっと半月の形に歪められた。

「トレジャーハンターなんてずいぶん都合のいい呼び名だよ。所詮はその日暮らしの運任せな仕事だろ。いっそ盗賊って名乗ったほうが、清々しくてずっとしっくりくる」

トオヤの言葉に、朱里が渇いた笑いを吐き出す。

「…悪かったな。これでも自分の仕事に誇り持ってるんだよ」

「誇りだけじゃ、人間生きてはいけないよ」

微笑んだままトオヤは朱里の脇を抜けると、断頭台へ向かって一人歩き始めた。

その背中を見つめる朱里に、トオヤが続ける。

「姫に出会えたのは、君にとってまたとない幸運だっただろうね。うまく取り入れば、姫はおろか国だって容易く手に入る。彼女は若く、それに幼い。心を掴むのは宝を盗むよりもずっと簡単だっただろう」

「…なんだよ、それ…」

顔をしかめる朱里に、トオヤは断頭台に背を向けるようにして振り返った。

「姫を相棒にするなんて、下心でもなきゃ何の得もない話だって言ってるんだよ」

朱里は思わず笑って返す。

「俺が逆玉狙ってあいつを相棒にしたって?」

頭の中に、幸せそうに朱里を見上げて笑う小夜の顔が思い浮かんだ。

さらに口から笑いがこぼれる。

「…ばっかじゃねえの。そんなの端っから頭にねえよ。道中あいつが王女だってことすら忘れてたくらいだ」

それどころか、小夜が王女でなければと願うことも少なくなかった。

「どんな身分だろうが関係ない。あいつが小夜であるかぎり、俺はあいつを相棒にした。王女とかそんなの抜きにして、あいつを好きになってた。損得なんて冷静に考えてられるかよ」

とにかく当時の自分は、小夜を側に繋ぎ止めておくことで必死だった。
いつか来るだろう運命に抗うための術を探すのに精一杯だったのだ。

今思えば、あの頃の自分はなんて子どもじみていたんだろう。


「聞くに堪えないね。まるでおままごとだ」

「何とでも言えよ。小夜を力づくでねじ伏せて手に入れようとする下衆なんかに、理解してほしいとは思わない」

吐き捨てるように言うと、トオヤが朱里に向かってゆっくり近づいてきた。

「君の言うとおり、僕は下衆なのかもね」

その顔からは表情の一切が消えていた。伏し目がちの瞳には、あるはずの光が見えない。

「…だから、僕の望みどおり動くこともできない役立たずを消すことだって躊躇わない」

それが朱里のことを指しているのか、それとも違う誰かを指しているのか掴めずにいると、目の前に立ったトオヤが朱里の耳元に口を寄せてきた。

「そうだ。君を処刑した後で、あの姫も殺してしまおうか。ちょうどライラが逃げたから、彼女に罪を着せるのも悪くない」

鼓膜を震わせるおぞましい言葉に、全身の血が沸き上がるのが分かった。

こいつは小夜を役立たずだから消すと言っているのか。


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