「お気に召してもらえたかな?」
すぐ後ろでトオヤの上機嫌な声がして、朱里は乾いた笑いを漏らした。
「…ほんっと悪趣味な奴だな…。公開処刑かよ…」
穏やかな春の昼下がりには似つかわしくないそれは、巨大な斜めの刃を太陽に煌めかせながら、朱里たちの到着を心待ちにするように壇上で待機していた。
断頭台なんて血生臭いものを目にするのは、これが生まれて初めてだ。
できることなら一生お目にかかりたくなかったけど。
内心で毒づいて、朱里は隣のライラに視線を向けた。
「…おい、大丈夫か…?」
ライラの横顔は真っ青だ。下手をすれば今の朱里よりよほど青白い。
朱里がかけた声に数秒遅れて、ライラが朱里の顔を見返してきた。
「わ、私の心配より、自分の心配をしてください。あなたのその怪我…早くお医者様に診せないと大変なことに…」
そこまで口にしたところで、自分の発言が現状とちぐはぐなことに気づいたのだろう、ライラは再び青ざめた顔で口をつぐんだ。
城前広場には少しずつ町の人間が集まりつつあった。
見慣れない器具が突如現れれば、一体何が始まるのだろうと興味が湧いてしまうのが人の心理というところだろう。
そこに両手を拘束された囚人まで登場すれば、この後何が行われるのか、ここにいる人間たちも予想はできているはずだった。
それでも誰もこの場を離れようとしないのは、怖いもの見たさゆえか。
隣で完全に沈黙してしまったライラを横目に、朱里は血の気の失せた頭で考えを巡らせる。
なんとかしないと、本気でまずいぞ。
どうにかして、こいつだけは逃がさないと。
ライラがこんなことになってしまったのも、元はと言えば朱里が一緒にいたからだ。朱里に同行したばかりに、ライラは巻き添えを食ってしまったのだ。
自分にも責任の一端はある。
思案している間に、気づけば壇上のすぐ側に到着していた。
数段の階段を上がれば、もうそこは逃げ場のない死刑場だ。
ここに上がってしまえば機会を窺うのは絶望的だ。ぐるりと360度、群衆と警備に取り囲まれてしまう。
ちらりと背後を盗み見ると、トオヤのほかに警備の男が二人控えているのが見えた。
その手にはそれぞれ朱里とライラの首から伸びる縄の先が握られている。
(…あの縄さえなんとかできれば)
睨むように目を細めたところで、前へ急かすように背後の男が再び朱里の背中を押し出した。
バランスを失って前に倒れ込む朱里の側に、ライラが慌ててしゃがみ込んでくる。
「大丈夫ですか…!」
蒼白な顔で、地面に倒れた朱里を覗き込むライラ。
朱里はライラに視線を向けると口元に小さく笑みを浮かべてみせた。
目を丸くさせる彼女に小声で告げる。
「…よく聞いてくれ。これから俺が隙をつくる。だからあんたは何も考えず城に向かって走るんだ。絶対に後ろを振り返るな」
そこまで言ったところで、首の縄が後ろから強く引っ張り上げられた。
「おい!早く立つんだ!」
「…分かってるよ…」
顔を歪めて男に返すと、もう一度ライラの顔を覗き込む。
「…城の中に入ればあの人がどこかにいるはずだ…。あの人ならきっとあんたを助けてくれる…」
「あの人…?でも、それじゃあなたが…」
ライラの言葉には聞こえないふりをして、朱里はよろめきながら重たい体を起こして立ち上がった。
脇腹がひどい悲鳴を上げるが、今は気にしていられない。
不安そうな顔をしたライラが確かに立ち上がったのを見届けると、朱里は後ろに立つ男たちをゆっくりと振り返った。
その動きに、男たちの視線が朱里に集まる。
「なんだ?」
機会は一度きりだ。
脇腹から血が噴き出すのも構わず、朱里はライラの首から伸びた縄に素早く手を伸ばすと、力のかぎりに自分のほうへ引き寄せた。
バランスを崩したライラの体が朱里の胸に倒れ込んでくるのを受け止めながら、縄の先を握っているはずの男に視線を流す。
朱里の思惑通り、男は突然のことに地面にうつ伏せに転び、その手に握られていたはずの縄は放り出されていた。
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