「はあ…」
新しく仕入れた衣装を店頭に陳列しながら、ライラは重いため息をついた。その横顔はやたらと暗い。
「こら、ライラ。看板娘がそんな辛気臭い顔してたら、お客さんが逃げちゃうだろう」
店の奥から腕に服の束を抱えて、ライラの父親が忙しそうに姿を現した。
眼鏡が鼻の辺りまでずり下がっているが、両手が塞がっているため直すこともできないらしい。
「ああ、ごめん。私そんな顔してた?」
いつもの元気はどこへやら、心ここにあらずというふうに返事をするライラ。
父親は近くの棚に勢いよく服の束を置くと、様子がおかしい娘の背中を振り返って肩をすくめた。
「張り切って城にお務めにいったかと思えば、いきなり戻ってきて。姫様に愛想つかされでもしたんだろう?お前は昔から一人で突っ走りすぎる癖があるからなあ。父さんもそこはずっと心配して…」
「やめてよ」
父親の言葉を打ち切るように、ライラの背中が答えた。
「小夜様は誰かを否定したりする人じゃない。いつだって楽しそうに私の話を聞いてくれたもの。ただ私が、どうしようもなく子どもで、馬鹿だっただけ…」
どんどんと小さくなっていく声に合わせて、おさげ頭がうなだれていく。
あの夜、トオヤの素顔を目の当たりにした直後、ライラは逃げるようにして城を後にしていた。
小夜のことは気がかりだったが、そのときはとにかく城から離れたかった。このまま残れば自分もただでは済まないことが分かっていたからだ。
小夜よりも自分の身を優先してしまったのだと気づいたのは、生まれ育った我が家の前に辿り着いた頃だった。
(小夜様はきっと無事。そうに決まってる)
何の根拠もない願望を、馬鹿みたいに毎日繰り返した。
それでもライラの気が晴れることは、ほんの一瞬もなかった。
惰性で店頭に立つ娘は、きっと父親からすると見ていられなかったのだろう。
背中に感じる父親の視線に、ライラはふう、と息を吐いた。
家族にまで心配かけて、本当何やってるんだろ。
頭を上げると、ライラは普段通りを装って後ろを振り返った。
「年頃の娘には色々あるのよ。私はこのとおり元気だから、父さんもほらっ、手を動かす!」
笑顔で父の背中をはたくと、そのまま駆け足で店の外に出ていく。
「私は表を掃いてくるから。戻ってくるまでには、父さんもちゃんと服を並べ終えておいてよ!」
軽く手を上げると、父親も了解とばかりに手を振り返してきた。
その顔はまだ納得がいっていないようだが、それには気づかぬふりで店のガラス扉を閉めた。
町は今日も気持ちのいい快晴だ。通りも人で賑わっている。
ここにいる誰も、城で何が起こっているかなんて知りもしないのだろう。
自ずと視線は通りの先に望む城を見上げていた。
ずっと憧れだった城。
中には煌びやかな世界が広がっているものだとばかり思っていた。
絵の中から出てきたような綺麗なお姫様に、光り輝く金食器。クリスタルのシャンデリアが垂れる絢爛豪華な回廊で、夜な夜な開かれる舞踏会。
そんなものを思い描いていた頃の自分の、その平和ぼけした顔面を引っぱたいてやりたい。
実際の城の中にそんなものはどこにもなかった。
王のいなくなったこの国を立て直そうと、王女である小夜は寝る間も惜しんで机に向かい、農民のように土を耕し、使用人である自分にもまるで友人のように接した。
一体どこの国に、使用人を幸せにすると宣言する姫がいるだろう。きっと世界中を探しても、この姫だけだ。
やることばかりが山積みの中、小夜はいつでも他人への思いやりを絶やさなかった。
ライラたち町の人間が不安にならないように、どんなときも幸せそうに微笑んでいた。
みんな、小夜の優しさに守られていたのだ。