「あ、あれ?」

ポロポロとこぼれる涙を拭いながら、小夜が気恥ずかしそうに笑みをこぼす。

「ごめんなさい。今日は一日いろんなことがあったので、朱里さんの笑ってる顔を見たらなんだか急にほっとしちゃって…。涙腺が緩んじゃったみたいです…」

あはは、と笑いながら取り繕うが、一向に涙が治まる気配はない。

「すみません、ちょっと涙を止めてきますね」

慌ててベッドから下りようとした小夜の腕を、朱里は咄嗟に掴んでいた。

そのまま自分のほうに引き寄せると、小夜の小さな体は、簡単に朱里の胸の中に収まった。

「…どこ行くんだよ。泣かせたのが俺なら、それを止めるのも俺の役目だろ」

言った後で、軽く赤面する。
少しキザすぎたかな、とも思ったが、今の状態の小夜をどこにもやりたくなかった。

この町に着いてからずっと、小夜は気を張っていたのだろう。
本来の自分を押し殺して、無理に背伸びをしてトオヤたちに対峙していた。

側にいるはずの朱里にしても考え事ばかりで、ほとんど小夜に笑いかけてやることもなかった。

小夜は一人で必死に頑張っていたのだ。

「今は俺だけなんだから、好きなだけ泣けよ」

腕の中から涙の溜まった瞳がこちらを見上げてきた。
小夜がぽつりと呟く。

「…なんだか、物語に出てくる王子様みたいですね」

「俺が王子って柄かよ」

「そうですね…。王子様よりずっと素敵です」

小さく微笑んで、小夜は再び朱里の胸に顔を埋めた。

涙はもう止まったのだろうかと考えていると、腕の中から声がした。


「…朱里さんが、本当の王子様ならよかったのに…」


それは独り言のような、ごく小さな呟きだった。

「…王子様とお姫様はずっと幸せに暮らしました…。そんな結末なら…」

朱里の服を掴むその手は小さく震えている。

「小夜…」

それは朱里も幾度となく願った夢物語だった。

だけど現実は、泥棒と王女だ。
物語のような結末は絶対に望めない。

朱里の腕の中で震える小夜にも、もう自分たちの物語の結末は分かっているのだ。

「…明日城に戻るって、トオヤから聞いた」

努めて素っ気ない声で言うと、小夜の顔がゆっくりと朱里に向けられた。
ガラス玉のように光を湛えた瞳は、涙ですっかり濡れてしまっていた。

「…お前も戻るんだろ」

肩を掴んで体を離し、小夜の顔を真正面から見つめる。
小夜はぼんやりと、ベッドに投げ出した自分の両手を見下ろしていた。


しばらくして、その口が小さく開かれる。

「…城に戻らないって答えれば、ずっと一緒にいられますか…」

力なく呟かれた言葉は、空気に触れた端から消えていくようだった。

うつむいたその顔は、朱里からは見えない。

「小夜」

「…嫌です。絶対に嫌です」

「まだ何も言ってないだろ」

「言わなくても分かります。城に戻れって言いたいんでしょう?」

頑なに顔を下に背けて答える小夜は、まるで不貞腐れた子どものようだった。

少し前の俺みたいだ。
朱里は思う。

現実を受け入れられなくて、全てを突っぱねていたときの自分が、今の小夜と重なって見えた。


朱里の返事がないことを肯定と受け取ったのか、小夜は涙の溜まった目で強い視線を向けてきた。

「…そんなに私を城に戻したいですか?私が役立たずで、いつまで経っても足を引っ張ってばかりで、全然相棒らしくないから…もう必要ないってことですか?」

悔し涙が小夜の頬を濡らしていく。

「一緒にいたくないってことですか…?」

顔をくしゃくしゃにして詰め寄ってくる小夜の前で、朱里は大きく息を吐いた。
鳩尾の辺りが熱を持ったように熱い。

「…誰が」


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