***



マーレン城へは、少し間を置いてから向かうつもりだった。

頬をくすぐる潮風に目を細めながら、ロキは一人城の裏庭に佇んでいた。

眠り姫と青年の感動の再会を妨げるような趣味はない。人の恋路を邪魔する奴はなんとやら、という言葉もあるくらいだ。

そもそもロキには、二人の間に割って入ってどうこうしようという考えは毛頭ありはしなかった。


「からかい甲斐のある奴だったな」

必死に自分に食ってかかる青年の姿を思い出して、くっと笑いを漏らす。

素直なのか馬鹿なのか、ロキの冗談半分の言葉にもいちいち反応を返してくるのは、見ていて面白かった。

トールがいれば人が悪いと非難されるのだろうが、こちらは自由を諦めているのだ。多少の暇潰しは許されてしかるべきだろう。


ロキの眼前には、幼い頃から変わらない姿で寄り添う大海原が広がっていた。

憧れ妬んだ海を前にしても、不思議と心は穏やかだった。

青年に自分の秘密を明かして以来、妙に心が軽いのには気づいていた。

肩の荷が下りたと言えばいいだろうか。
父の代から守り通してきた秘密を暴露したというのに、なんだか清々しい気分だ。


何の力も持たない、どこにでもいるただの青年に、自分は救われたとでも言うのだろうか。

まさか、と苦笑いを浮かべて首を振ると、ロキは再び海に目を向けた。

とうに自分の運命は決まっている。

誰かに何を話したからと言って、動き出した奔流が勢いを止めることはない。

自分にできるのは、静かにそれを受け入れ、流れの一部となることだけだ。

流されるだけ流されたら、いつかは海に流れ着くのだろうか。
そのときは、今度こそ自由になれるのかもしれない。

それも悪くないな。


視線を足元に落としたとき、後ろで草を踏みしめる音が聞こえた。

面倒そうに振り返った先で一人の男を見つけて、ロキの口から愉快そうな笑いがこぼれた。

「ついに腹をくくったか」

対する男、アールは正装に身を包んだまま肩をすくめて返す。

「君に言われたからってわけじゃないけどね。いい加減身を落ち着けようかなと思って」

慣れた足取りでロキの隣に並ぶと、アールはそれまでロキがしていたのと同じように、海に眩しそうな視線を投げた。

心地よい潮風が、二人の間を抜けていく。

「しばらく旅には出れそうもないかな」

「これでお前も晴れて不自由の仲間入りだ」

「それでもいいさ。僕は自由よりも、誰かを守れる力を選んだんだから」

真っ直ぐに海を見つめるその横顔は、ロキの知る旧友のものから少し変化しているように見えた。

「お前も覚悟を決めたんだな」

ロキの言葉に、アールが大きく頷きを返す。

「君と同じだよ。信念のために、僕は僕を犠牲にすると決めた」

「俺には信念などない」

ロキの放った一言にも、アールは涼しい顔で微笑んで答えた。

「それなら言葉を変えるよ。大切な人のために、君も僕も命を削って生きるんだ」

ロキが押し黙ったのは、その答えがあながち間違ったものではなかったからか。
もしかしたらもっと別のところにあったのかもしれない。

視線を落とすと、ロキは靴先で草を突いて弄る。


「ロキ、君に二つほど尋ねたいことがある」

視線を上げると、いつの間にかアールがこちらを見ていた。

濃い紫の双眸が、海から放たれる光の粒を受けて濡れたように輝く。

「小夜様の身に何が起きたか、君は知っているんだろう。僕に全部話してほしい」

真剣な面持ちは、彼がここへ来た一番の理由を明確にしていた。

おそらくアールの言う守りたい者の筆頭に、小夜姫がいるのだろう。

本当にぶれない奴だな。

ロキは小さく苦笑をこぼす。

「分かった。ちょうどこれからマーレンへ向かおうとしていたところだ。お前も共に来い。詳細は馬車の中で話す」

言いながら、城内に向かって歩き出したところで、ふとロキは後ろのアールを振り返った。

「そういえば二つ目をまだ聞いてなかったな」

アールは神妙な顔で頷くと、記憶を辿るように視線を斜め上に向けて首を傾げた。

「実はさっきここに来る途中、尋常じゃないスピードで馬を走らせる人とすれ違ったんだけど、小夜様の相棒の朱里君に似ててさ。ものすごい悲鳴を上げてたから別人の気もするけど…。君、何か知ってる?」


返事の代わりに、ロキは腹を抱えて大笑いするのだった。




prev home next

147/178




「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -