それがどういう意味なのか図りかねていると、トールがベッド側の椅子に腰を下ろして、同じ目の高さから小夜を見つめてきた。
優しい声が先を続ける。
「小夜様、どうぞご安心ください。これから先、あなたを脅かすものは何もありません。ロキ殿下と私が、必ずあなたをお守りいたします」
「ありがとうございます」
自然と礼を述べた後で、小夜の顔が曇る。
すぐ人に頼ってしまうのは、自分の悪い癖だ。いつまでもトールたちの良心に甘えてばかりはいられない。
こぶしを握り締めると、小夜は努めて何でもない風を装って笑ってみせた。
「でも、私は一人で大丈夫です。お二人に、これ以上ご迷惑をかけるわけにはいきませんから」
口にした瞬間、ずん、と胸の辺りが重くなった。
改めて言葉にすると、自分が正真正銘の独りになったのだと思い知らされる。
大切な家族も、何より大事な人も、みんな小夜の元から去っていった。唯一側で支えてくれていたトオヤからも見限られた。
今の自分は、どうしようもなく孤独だ。
果たして、上手く笑えているのだろうか。
不安を押し殺して必死に持ち上げた唇が震える。
「だから、大丈夫です」
自分に言い聞かせるように繰り返す。
側で黙って見ていたトールが、静かな声で告げた。
「一人で大丈夫な人間なんて、本当にいるんでしょうか」
しんと静まり返った室内に、柔らかな声だけが響く。
「誰かに頼ったり甘えたりすることは、決して悪いことではないですよ。無理して一人で抱え込んで、傷ついて、知らぬ間に壊れていかれるほうが、側で見ている者はずっと、ずっと辛いんです」
普段は柔和な表情が、そのときは後悔と悲しみの入り混じった感情に歪められた。
もしかしたらこの人は、その辛さを実際に経験したことがあるのかもしれない。
トールが続ける。
「あなたは一人ではありません。周りをよく見てください。私や坊ちゃんのように、あなたの助けになりたい者たちが、あなたの周りにはたくさんいるはずです」
言われて真っ先に浮かんだのは、侍女のライラだった。
小夜を幸せにすると、目を輝かせて言う彼女の姿が甦り、続けて町の民の顔が次々に浮かび上がった。
おかえりなさい、とたくさんの笑顔に囲まれた日のことは、今でもよく覚えている。
自ら進んで城に入ってくれた料理長に、警備の男性たち。その誰もが、小夜の助けになればと名乗り出てくれたのではなかったか。
「小夜様」
優しく名を呼ばれ、小夜は漂っていた記憶の中からゆっくりと意識を引き戻した。
顔を上げると、微笑んだトールと視線が合う。
「どうか、お力にならせてください。それが私たちの望みです」
どこまでも優しい人だ。
見る間に緊張の糸が解れていく。
自然と、小夜の口元にも安堵の笑みがこぼれた。
「ありがとうございます。すごく心強いです。私もトールさんたちのお力になれるよう、もっと強くならないとですね」
冗談めかして胸の前で剣を振り下ろす素振りをしてみせると、トールが目尻を一層下げて笑い声を漏らした。
「坊ちゃんも怠けていては、すぐに追い抜かれてしまいそうですね」
「ふふっ」
顔を見合わせて笑い合う。
自分は一人でしょい込みすぎていたのかもしれない。
トールが教えてくれたように、もっと深呼吸して周りを見回してみよう。
きっと色んなものが見えてくるはずだから。
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